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磐田文化財だより 第7号

磐田の文明開化のシンボル 見付学校が今年130周年!

写真:大正10年(1921)頃の見付学校大正10年(1921)頃の見付学校

明治8年(1875)8月7日、旧東海道見付宿の真ん中に擬洋風の木造校舎「見付学校」が建てられて、今年でちょうど130年目となります。
文明開化、大正デモクラシー、戦争、高度経済成長など激動の時代を見続け、今なお磐田のシンボルとしてそびえたつ旧見付学校校舎の歩みを振り返ってみましょう。


①見付学校の頃

写真:明治11年(1878)の見付学校の修業証書明治11年(1878)の
見付学校の修業証書

見付学校は、幕末に国学者・大久保忠尚(ただなお)の私塾で学んだ教育熱心な人たちと、新しい時代に期待する見付の町民たちの情熱の賜物で、親しみを込めて町民からは「五階の学校」と呼ばれていました。
明治20年(1887)からは名称が見付尋常小学校に変わり、その後複雑な変遷をたどりますが、大正11年(1922)まで小学校校舎として使用されました。


写真:明治8年(1875)浜松県令林厚徳が新築の際に寄贈した篇額明治8年(1875)浜松県令林厚徳が
新築の際に寄贈した篇額


②閉校直後

写真:稽古中の大日本見付練武館生たち稽古中の大日本見付練武館生たち

大正11年(1922)4月から7月まで県立見付中学校の仮校舎となり、8月からは大日本見付練武館(主宰小森啓一)の柔道場として使用されました。畳を敷き詰め、見付町内の青壮年、警官たちが稽古に励みました。


③裁縫女学校の頃

写真:裁縫女学校の生徒たち:昭和御大典記念につくられた庭園(今の旧見付学校事務所の位置にあった)で記念撮影裁縫女学校の生徒たち:
昭和御大典記念につくられた庭園
(今の旧見付学校事務所の位置
にあった)で記念撮影

女子教育は裁縫・作法中心の良妻賢母教育が主流でしたが、大正デモクラシーの影響で進学希望者が増え、大正14年(1925)3月、女子中等教育機関である見付高等裁縫女学校が旧見付学校校舎で開校しました。


④准教員養成所

写真:磐田病院の頃の看護士たち:石段の向こうに見える建物は、裁縫女学校の頃に割烹室として建てられたもの磐田病院の頃の看護士たち:
石段の向こうに見える建物は、裁縫女学校
の頃に割烹室として建てられたもの

不足する小学校教員を補うため、明治41年(1908)から准教員養成所が開設されていました。大正の一時期と昭和14年(1939)から昭和18年(1943)までの間、旧見付学校校舎が養成所として使用されました。
対象は14~15歳の高等小学校卒業者で修業期間は1年でした。

⑤病院
昭和20年(1945)春頃、校舎内部を改修し浜松陸軍病院見付臨時分院が開院し、傷病兵や被災者、一般患者を治療したといわれています。
戦後も中泉に新病院が完成する昭和27年(1952)まで磐田病院として使用されました。

⑥郷土館、旧見付学校
昭和28年(1953)9月に磐田市立郷土館となりました。翌々年には博物館相当施設に指定され、磐田市の歴史、芸術、民俗、自然科学等に関する資料が公開されました。
昭和44年(1969)4月には明治初期の近代小学校校舎としての価値が認められ、磐田文庫とともに国の史跡に指定されました。
そして、平成4年(1992)1月に磐田市旧見付学校と名称を変えて現在に至っています。

見付学校130周年イベント
期日:11月3日(木)文化の日
会場:旧見付学校
見付学校に通った方、裁縫女学校や准教員養成所に通った方、病院や郷土館の関係者の方をご招待して130周年記念イベントを開催します。イベントでは、当時の思い出話を聞いたり、記念撮影をしたりする交流会や、見付学校開校に縁のある伝酒井之太鼓を用いた余興を行います。参加希望等、詳細は旧見付学校までお問い合わせください。
【問い合わせ】磐田市旧見付学校 TEL.0538-32-4511(FAX兼用)

思わず人に話したくなる磐田の文化財 第6回 熊野(ゆや)の長フジ編

今回は、池田の行興寺(ぎょうこうじ)境内にある熊野の長フジを紹介します。昭和7年に国から1株が昭和47年には県から5本が天然記念物に指定され、シーズンには多くの花見客で賑わいます。

伝説の美女 熊野御前ゆかりのフジ

写真:位置図:豊田支所の北約1.5㎞、周辺には伝統芸能館や公園も整備され、天竜川のすぐ近くです位置図:豊田支所の北約1.5㎞、
周辺には伝統芸能館や公園も整備され、
天竜川のすぐ近くです

樹齢800年といわれる国指定の1株と樹齢数百年といわれる県指定の5本(国と数え方が違います)は、熊野御前(ゆやごぜん)お手植えのフジといわれています。
熊野御前は、現在放映中のNHK大河ドラマ『義経』では鶴見辰吾が演じる平宗盛(たいらのむねもり:清盛の三男)に愛された才色兼備な女性で、花見の席で故郷の病気の母を案じる歌を詠み帰国を許される親孝行なエピソードは「平家物語」や謡曲「熊野」などで語られています。後にその母と宗盛を亡くした彼女は尼になり、行興寺境内に植えたこれらのフジをこよなく愛したと伝えられています。

マメ科です

写真:フジのマメ: かなり栄養が蓄えられていそうですフジのマメ:
かなり栄養が蓄えられていそうです

優美な薄紫の花から想像できませんが、ツルを藤棚に絡める姿が示すようにフジはマメ科の植物です。山間部ではスギやヒノキを引き倒すほどツルは強力で吊り橋の材料などにも使用されました。
マメは栄養を蓄えてしまって翌年の花付きが悪くなるため、剪定されてしまってなかなか見かけませんが、よく見ると夏の藤棚で細長いマメが下がっているのを見つけることもできます。
ちなみに、フジ(藤)と字もよく似ているトウ(籐)は、同じように強力なツルを持ちますがヤシ科の植物です。

お墓参りも忘れずに

写真:豊田地区の自主運行バス「ゆや号」:フジと熊野御前が描かれています。このバスで行興寺を訪ねてみてはいかがでしょうか?豊田地区の自主運行バス「ゆや号」:
フジと熊野御前が描かれています。
このバスで行興寺を訪ねて
みてはいかがでしょうか?

豊田町の町の花でもあったフジの見頃は4月下旬から5月上旬で、開花情報は写真入りで観光案内所のホームページに毎日掲載されます。570m2以上ある藤棚から花房を1m以上も下げて薄紫の花が咲き誇る姿は、特に街灯に照らされる夜は幻想的でさえあります。

写真:満開のフジ:カラーでお見せできないのが残念です満開のフジ:カラーでお見せ
できないのが残念です

この時期には長藤まつりも開催され、能の上演や「藤娘」のお披露目、「池田の渡し船」の再現など様々なイベントが周辺で行われ、多くの人で賑わいます。
5月3日は熊野御前が33歳で亡くなった命日でもあります。行興寺の境内には熊野御前と母の墓と伝えられる石塔もまつられていますので、時代に翻弄(ほんろう)された彼女の短い生涯を静かにしのんでみるのもいかがでしょうか。

小さな博物館(10月~12月) 権現下(ごんげんした)遺跡(いせき)

市役所本庁舎市民ホールの「小さな博物館」が10月3日から変わります。

写真:出土品

向笠竹之内にある権現下遺跡は、古墳時代初めごろの集落跡で、平成15年7月に一部で発掘調査が行われ、住居跡や溝跡、柱穴跡が見つかりました。
ここから出土した高坏(たかつき)とよばれる食べ物を盛る器や直接火にかけて食べ物を煮たりする甕(かめ)、小型の壷などの土器を今回は展示します。
今から1600年ほど昔の磐田の人々が使った土器(甕にはススもついています!)を間近で見てみませんか?


写真:位置図:付近には古墳群が広がっています位置図:付近には古墳群が広がっています


歴史学習会 講演会のお知らせ
「十五年戦争の開幕、展開、そして敗戦」-「竜洋町史 資料編Ⅱ」の執筆秘話 -
竜洋町史編さん委員 佃隆一郎 氏
とき:10月22日(土) 13:30~15:00
ところ:竜洋公民館(なぎの木会館)
対象:興味のある方(参加費無料)
定員:80名(直接会場までお越しください)
※ お問い合わせは、磐田市文化財課竜洋町史編さん室(電話:0538(66)7715)まで

コラム
「竜洋地域所在文書目録 第3集」の完成 – 竜洋町史編さん室 山田 めぐみ

写真:大当町屋台:最古(伝寛政10年作)の掛塚屋台大当町屋台:
最古(伝寛政10年作)の掛塚屋台

町史の編さんに携わるようになって、はや一年が経ちました。それまで知らなかった竜洋の歴史も、史跡や資料などを通じて知れば知るほど興味深いものになってきました。 編さん室では、その昔火災が多く資料の多くが焼失してしまった掛塚などで、まだお宅などに資料が眠っていないか一軒一軒調査しています。突然の訪問にもかかわらず、昔を知らない私にも親切に話しをしてくださる皆さんにとても感激しています。
この度、こうして提供していただきました資料を目録にした「竜洋地域所在文書目録 第3集」が完成いたしました。第2集に掲載できなかった各自治会所有文書と竜洋町史編さん室、竜洋郷土資料館収集文書の一覧も掲載されています。定価は800円で、磐田市埋蔵文化財センター、竜洋なぎの木会館、竜洋町史編さん室で発売中です。
竜洋町史資料編IIも来年3月に発刊予定で、編さん事業はこれからも続いていきます。引き続きみなさまのご協力をお願いします。昔の日記や写真、映像など古い資料がありましたらぜひご一報ください。

編集後記

国勢調査の調査員になり、この号が出る頃には調査票の回収に駆け回っていることになりそうです。“個人の秘密は国に用なし”これは大正9年(1920)に行われた初調査の時に掲げられた標語の一つですが、時代のうつり変わりを強く感じます。(Y)

  

情報発信元
磐田市教育委員会 文化財課(磐田市埋蔵文化財センター内)
電話番号:0538-32-9699

受付時間:午前8時30分~午後5時15分

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