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磐田文化財だより 第11号

2月9日から中央図書館で開催します!!

写真:ふるさと磐田の指定文化財展

写真:いわたのお宝を完全ガイド

写真:磐田市内の文化財

今回のこの展示会では、磐田市内にある多くの文化財のうち、特に後世に伝えていくべき優れた文化財として認められた国・県・市指定の文化財 計147件を紹介します。(国・市の登録文化財各1件も同時に紹介します)

磐田市立中央図書館での開催後、3月4日から豊田図書館に場所を移して引き続き展示を行います。
みなさまのお越しをお待ちしています。

現在の磐田市にあたる区域は、温暖な気候と豊かな自然のもとで古くから人が住み、また東西交通の要衝として千年以上も前から静岡県西部地方の中心として栄えてきました。
そのため、市域には様々な歴史的・文化的遺産が残されていますが、今回はその中でも特に指定文化財に焦点を絞り、私たちのふるさと磐田の歴史と特色を探る展示会です。

みどころ 磐田市内の指定文化財を一挙に紹介!

市内にある国指定の7件と県指定の16件、そして新磐田市として昨年11月21日に指定した124件の文化財を、写真パネルを中心に、一部は実物も含めて一挙に紹介します。
昨年夏の企画展「新磐田市文化財展 - ふるさとの源流を訪ねて -」ではご紹介しきれなかった中世以降の磐田についても、指定文化財を通じてご紹介いたします。

写真:磐田市内の指定文化財5点

実物出品予定
掛塚祭屋台囃子(録音) 県指定
旧見付宿脇本陣大三河屋門(獅子瓦) 市指定
見付町青年団旗 市指定
中林梧竹筆「不老斎」 市指定
前島密書 軍兵衛稲荷大幟 市指定
若者定 市指定
豊浜小学校校務日誌 市指定
検地帳 市指定
絹本着色西之島学校図 市指定

2月9日(木)~2月23日(木)中央図書館展示室
入場無料

  • 午前9時~午後6時(火~金曜日)
  • 午前9時~午後5時(土・日曜日)
  • 月曜日休館
  • 行き方 遠鉄バス 磐田山東線図書館前下車 徒歩1分

3月4日(土)~3月19日(日)豊田図書館展示室
入場無料

  • 午前9時30分~午後5時
  • 月曜休館
  • 行き方 ユーバス アミューズ豊田下車

思わず人に話したくなる磐田の文化財 第10回 木造地蔵菩薩坐像編

今回は、昭和59年11月30日に県の文化財に指定された見付(地脇町)の宣光寺に伝わる木造地蔵菩薩坐像を紹介します。

「地蔵小路」の名前の由来

写真:宣光寺見付本通りから見た宣光寺
「地蔵通り」の正面に宣光寺が見えます

地蔵菩薩は、釈迦が没してから弥勒仏が出現するまでの現世に仏が不在となってしまう間に、六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)を輪廻する衆生を救うといわれています。最も弱い立場の人々を最優先で救済するともいわれ、多くの人々の信仰の対象となりました。
地蔵菩薩が古くから人々に親しまれていたことは、見付の通りから宣光寺へ向かう小路が、この像が安置されている地蔵堂にちなんで「地蔵小路」と呼ばれていることからも分かり、「地脇町」という地名自体も“地蔵脇”から転じたといわれています。

カラフルですが西暦1160年生まれです

この像は、複数の部材(ヒノキ材)を合わせてつくる寄木造りという技法でつくられています。
明治43年(1910)頃、衣などに色彩が施されたため、現在でも彩色鮮やかですが、丸みを帯びたその表情には平安時代後期の作風がみられます。
部材が乾燥してひび割れることを防ぐためにくりぬかれた(内刳りといいます)像の体内には墨書銘があり、永暦元年(1160)に讃岐という仏師によって造られたことが記されていました。

救出活動に大活躍?

遠江は戦国末期に武田氏と徳川氏の争いの場となり、見付も何回か戦火に焼かれました。その際に、この地蔵菩薩像が小坊主の姿に化身し、火中を消火しながら逃げ惑い泣き叫ぶ女子供を救い出したとの伝承があります。
この像は天正6年(1578)に式部方眼という仏師によって修理されたとの記録が実際に残っていますが、もしかするとこれは名誉の負傷を癒すためだったのかもしれません?

地蔵菩薩=閻魔大王説も?

写真:地蔵菩薩像地蔵菩薩像
カラーでお見せできないのが残念です

地蔵菩薩は人の寿命を長らえさせるともいわれ、特にこの像のように半跏(片足を垂らしている状態)で宝珠と錫杖を手に持つ地蔵は、後に延命地蔵と呼ばれました。
宝珠は「打ち出の小槌」のような珠のことで、地蔵菩薩が思うままに願いごとを叶えられることを、錫杖は僧侶が山野を行脚するときに振り鳴らした環のついた杖のことで、地蔵菩薩が六道を巡って人々の様子を事細かに見ていることを象徴しています。
人々の様子をつぶさに見ていることから、綿密に死者を裁くことが出来るとも考えられ、地蔵菩薩と死者を裁いて地獄に落とす閻魔大王とが同一であるとの説も生まれました。

速報!!第1号の磐田市登録有形文化財が選定されました

写真:栗田家土蔵群栗田家土蔵群
この地域では珍しい3階建ての土蔵も含まれています

平成18年1月26日に定例教育委員会で栗田家(旧栗田煙草合資会社)土蔵群を磐田市の登録有形文化財とすることが採択され、翌27日告示されましたのでお知らせします。

栗田家土蔵群は、見付にある栗田家所有の5棟からなる土蔵群です。明治初期から順次建設され、近代の磐田を代表する産業であった煙草業に使用されました。
現在では、ほとんど見られなくなった貴重な近代産業遺産で、見付の景観を保持する貴重な建築遺産でもあることから、今年度から国にならって市でも制度化された登録文化財の第1号に選定されました。
登録文化財は、外観保存が主で指定文化財より制限が緩やかなため、建築基準法の規定内で内部の改変も可能です。今後様々な活用法について考えていくことになります。
※現在、土蔵群は個人所有で公開等はしておりません。

訂正とお詫び
前号1ページで豊田町の町制施行を昭和47年と記述しましたが、昭和48年1月の誤りでした。また、2ページで井通村を構成した17村に長森が入っていますが誤り(長森は立野村の一部でした)で、代わりに一言村が入ります。申し訳ありませんでした。

コラム -市内最古の石塔調査- 調査係 木村弘之

写真:野辺氏墓石(左)と蔵平遺跡石塔(右)野辺氏墓石(左)と蔵平遺跡石塔(右)

「石塔」とは、墓石、供養塔などの総称で、寺院に詣でると無縁墓地に形の変わった墓石(五輪塔など)があるのに気付きます。私は掛川市へ出向していた頃(2~3年前)から、仲間と研究会を発足して県内の中世(鎌倉~室町時代)石塔集成を行っていて、現在は大井川を越え、藤枝・島田(県内中東部)まで遠征しています。
昨年3月の調査では、敷地(豊岡地区)の永安寺境内にある野辺氏墓石(五輪塔)が戦国期(同村史・15~16世紀)のものではなく、それを遡る13世紀末期のものとわかりました。そして、磐田市に戻った同4月に同種の石塔を敷地・蔵平遺跡内で見た私は驚愕しました(右図)。
これらは、弘法大師(空海)伝説のある当地が、伝説が語る通り真言宗(東密)の一大拠点であったことを示していると思われます。豊岡(敷地)は14・15世紀の古式石塔がある町(竜洋・福田)、宿場(見付・池田)を探る原点とも言え、中世の磐田の歴史を語るには先ず、同地の歴史を解明すべきであると考えさせられた調査でした。

編集後記

前号でドイツとの時差を12時間と書いたところ、「8時間ではないか」とのご指摘がありました。調べてみると確かに現在は8時間です。申し訳ありませんでした。しかし、Wカップの開催時期はサマータイムが導入されているため、実際には7時間になるようです。いろいろと勉強になりました。(Y)

  

情報発信元
磐田市教育委員会 文化財課(磐田市埋蔵文化財センター内)
電話番号:0538-32-9699

受付時間:午前8時30分~午後5時15分

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