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磐田文化財だより 第18号

旧赤松家とレンガ建築

写真:夕日に映える旧赤松家のレンガ塀写真:夕日に映える旧赤松家のレンガ塀 夕日に映える旧赤松家のレンガ塀

旧赤松家のレンガ建築は、明治20~30年代に作られ100年余りの間、風雨に耐え、赤松家を守ってきました。たたき三和土という人造石(コンクリートのようなもの)を基礎に使用し、門はレンガのながて長手とこぐち小口を交互に重ねたフランス積み。塀の上部は長手積みでレンガを積み上げ、途中には一定間隔に柱が立ち強度を保っています。また、門の正面窓はアーチ状に積み上げるなど強度だけでなく外観も調和の取れた素晴らしい建築物です。

平成4年3月17日には県指定有形文化財(建造物)に指定され、現在も明治の香りを伝え続けています。今回は旧赤松家と関わりの深い、明治のレンガ建築について紹介いたします。

文明開化の香り~幕末から明治にかけて~

幕末にヨーロッパより輸入された赤レンガは、木造建築の伝統を受け継いできた日本にとって、まったく新しい建築資材でした。赤レンガの壁は西洋文化や文明開化のシンボルとなり、人々の注目を集めていました。

ところで、一般的にレンガと聞いてまず思い浮かべるのは「がんじょう頑丈」、「重厚感」、「きれい」、「立派」などという形容詞でしょうか。しかし現在、良いイメージの先行するはずのレンガ建築が少ないのはなぜなのでしょうか?

消えていく明治のレンガ建築!?

  • 写真:「横浜赤レンガ倉庫」 「横浜赤レンガ倉庫」
  • 写真:「旧帝国ホテル」 「旧帝国ホテル」

横浜レンガ倉庫や旧帝国ホテルなどに代表されるように、レンガ建築は明治時代の日本の繁栄を象徴する特別な存在でした。

しかし、レンガ建築は大正12年の関東大震災などをはじめとする地震には持ちこたえることができず、その多くが耐震強度の弱さを指摘されました。この結果、レンガ建築はもろいものであるとされ、日本より消えていく運命となったのです。

まだまだ残っています

こうして一般的には地震に弱いとされているレンガ建築ですが、日本各地にはまだまだ残っています。
市内でも、旧赤松家のほか、あちこちに残されています。見付や中泉の街中を歩いてみると蔵や塀として残されているレンガ建築を見つけることができます。皆さんもぜひ探してみてください。普段見慣れた景色の中に新しい発見があるかもしれません。

しかし、レンガ建築が少なくなっているのも事実です。赤松家をはじめレンガ建築が現在の姿を保っているのも、色々な補修がされてのことです。今後もレンガの美しい景観を守るために、大切に管理していかなければなりません。
※参照:明治村HP・ぼちぼちいこかHP、日本れんが紀行

思わず人に話したくなる磐田の文化財

第17回:甲塚(かぶとづか)のクロガネモチ編

今回はかぶと塚公園内にあるクロガネモチを紹介します。昭和59年3月に県の天然記念物に指定されています。

写真:クロガネモチ クロガネモチ

磐田警察署の東側にあるかぶと塚公園は、かつて静岡大学農学部が置かれた場所です。公園内には、多くの樹木が植えられています。
公園入口を入り、えんぷん円墳としては全国で5番目くらいの大きさをもつかぶと兜づか塚古墳を左に見ながら進み、テニスコートを過ぎたところを右に入ると、クロガネモチの木が樹木の間に見えてきます。

トリモチの原料です

クロガネモチは、モチノキ科の樹木で関東以西に分布する常緑高木で、庭木や街路樹としても広く用いられています。樹皮はかい灰はく白しょく色で、葉は楕円形でやや硬く黒味がかかった色でモチノキ科であることから「くろがねもち黒鉄黐」と呼ばれます。秋には赤い実をつけます。

ちなみに昆虫などを捕まえるのに用いるネバネバと粘着性のあるトリモチはクロガネモチや同じモチノキ科のモチノキなどの樹皮を原料として作られます。

県内で最大?

写真:クロガネモチ位置図(かぶと塚公園内) クロガネモチ位置図(かぶと塚公園内)

クロガネモチは高木としては樹高があまり高くなりませんが、甲塚のクロガネモチは、県内で最大といわれています。樹齢は不明ですが高さ13m、根回り周囲3.5m、目通り周囲2.8mを測ります。幹の内部は腐食して空洞となっています。全体に東へ傾斜しており、支柱を設置して木の保護に努めています。

「福田町史編さん事業」を再開します。

写真:刊行された福田町史 刊行された福田町史 福田町史の編さん事業は、平成3年から始まって平成14年でいったん終了しました。その後、貴重な資料が再確認されたことから、改めて、町史の編さんを行うこととなり、このほど資料調査を開始しました。

旧福田町は、べっちん別珍コールテンの歴史的産地であり、福田港の重要性とともに記録に残すべきたいへん貴重な資料が、まだまだたくさん有ると考えられます。
福田町史は、平成25年を最終目標に、資料編(近現代と近世の2冊)と通史編を刊行する予定です。

これまで発行しました福田町史関連書籍は、(1)資料編Ⅰ(いかご五十子近世)【7,500円】・(2)資料編Ⅱ(豊浜近世)【7,500円】・(3)資料編Ⅲ(お於ほ保近世)【7,500円】・(4)資料編Ⅴ(近現代)【4,500円】・(5)民俗編【3,500円】・(6)福田町の歴史【3,500円】の6冊です。埋蔵文化財センター、竜洋支所内地域史編さん室で販売しています。

コラム -旧見付学校- 神谷健司

写真:長刀鉾の辻まわしの様子 旧見付学校の近況を報告します。2,000人から3,000人。これは4月から6月にかけての各月の入館者です。先のゴールデンウィークには、1日700人から1,000人という大勢の皆さんにご来館いただいております。

理由は何でしょうか?団体ツアーがあったから、イベントがあったから、確かにそうでしょう。しかし、ちょっと立ち止まってご覧ください。洋風3階建ての上に2層のぼうろう望楼(塔)を重ね天空に向かってそそり立つ様はいかがでしょうか(白雲の千重を押し分け天そそり・・・とまではいかないまでも)周りは、清楚なしっくい漆喰塗りの白壁、左右対称で均整がとれ、実にスマートです。この白亜の5階建てが、とう塔のだん壇の緑の森に映える威容さに心が和みます。また、同時に先人の意気を感ぜずにはいられません。

旅も今、地方の歴史探訪ブーム、加えて夏休み真っ盛り、リュックを背負ったご夫婦や仲間連れ、県外から帰省客も加わって(通常日でも2~3割が県外)賑やかです。 立ち止まり、ホッとして、時の流れをスローに感じてください。郷土の偉大な資産を大切にし、昔を知り、未来を語っていきたいと思います。

編集後記

まだまだ暑い日が続きます。しかし、もう季節は秋、月日がたつのは早いものです。再来月の11月11・12日には第5回全国国分寺サミットin遠江が開催されます。さまざまなイベントを予定していますので、ぜひ皆さんご参加ください(ひ)

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