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磐田文化財だより 第29号

「前方後円墳とイワタの時代」展を開催

写真:南西上空から見た銚子塚古墳(国指定史跡)1986年撮影 南西上空から見た銚子塚古墳(国指定史跡)1986年撮影

磐田市は、静岡県内でも古墳が集中している地域で、900基以上確認されています。この中には全長100mを超える大型古墳も見られます。企画展では前方後円墳を中心とした古墳から磐田が遠江の中心であったようすを紹介します。

主な展示品

  • 堂山古墳出土 円筒埴輪棺・鞆形埴輪
  • 新豊院山2号墳出土 三角縁神獣鏡
  • 二子塚古墳出土 馬形埴輪・人物埴輪・馬具
  • 庚申塚古墳出土 獣帯鏡・石釧・車輪石
  • 安久路2号墳出土 鉄製甲冑
  • 権現山2号墳出土 大刀

古墳とは

写真:土全長486m日本最大の大仙古墳 土全長486m日本最大の大仙古墳
「国土画像情報(カラー空中写真)国土交通省より」

古墳は、土を高く盛り上げた有力者のお墓です。古墳が造られた3世紀末から7世紀ごろまでを古墳時代と呼びます。古墳づくりは多くの労力や高度な技術を必要とする土木工事であることから、権力をもった王が現れたことを示しています。

古墳と聞くと鍵(かぎ)の穴の形を思い浮かべる人が多いと思います。これは教科書に出てくる日本最大の前方後円墳・大仙古墳(伝仁徳天皇陵)のイメージがあるからではないでしょうか。 また、古墳というと奈良や大阪などにあるものと思う人もいると思いますが、九州から東北地方の全国各地で見られ、磐田市にも数多く存在します。

静岡県内古墳大きさベスト5
古墳名 全長 所在地
1 堂山古墳 110m 磐田市
〃柚木山神古墳 110m 静岡市
3 銚子塚古墳 108m 磐田市
4 松林山古墳 107m 磐田市
5 浅間古墳 103m 富士市
イワタの前方後円墳

前方後円墳は4~5世紀に全国各地に広がりました。このことは、この時期に各地の王がヤマト王権の支配下に入り、大きな墓を造ることが許されたからと考えられます。

市内では前方後円墳が30基確認されています。中でも全長110mと静岡県最大級の前方後円墳である堂山古墳を始め、100mを超える古墳が3基も確認され、いずれも、県内古墳の大きさ上位5基に入ります。

県内でも大きな古墳がもっとも多く集まっていることから、古墳時代のイワタが中央のヤマト王権にとって重要な土地であったことを示しています。

企画展記念講演会を開催

◆日時 平成19年8月19日(日)午後2時~4時
◆場所 磐田市立中央図書館視聴覚ホール
◆講師 水野正好氏〔(財)大阪府文化財センター理事長〕
◆定員 先着150名
◆申込 事前に電話で文化財課へ電話0538(32)9699(展示室でも申し込み可)
◆その他 駐車場は中央図書館南側JA遠州中央本店駐車場へ

★皆さんお誘い合わせの上、ぜひご参加ください

もっともっと知りたい磐田の歴史

第4回 明野陸軍飛行学校天竜分教場跡編

写真:当時の地図 ▲当時の地図 袖浦の飛行学校

大正13年(1924)、三重県度会郡(わたらいぐん)明野原(あけのはら)に、陸軍戦闘パイロットの養成及び戦闘機の研究を目的として明野陸軍飛行学校が開校しました。その後、昭和12年から始まった日中戦争によって、パイロットの増員、操縦技術の向上が急務となり、各地に分教場が設置されました。その内の1つで、旧袖浦(そでうら)村に置かれたのが天竜分教場です。

昭和15年(1940)6月から測量に入り、11月に工事に着工、昭和17年1月に飛行場が完成しました。用地として、198ha(1.98km2)を買収し、地元の人たちを総動員して突貫工事(とっかんこうじ)が行われました。耕地や池沼を埋め立て、東西1.6kmの滑走路(かっそうろ)2本のほか、格納庫(かくのうこ)3棟、射撃場(しゃげきじょう)、兵舎(へいしゃ)が建てられ、戦闘機として、九七式戦闘機、一式戦闘機「隼(はやぶさ)」が配属されました。余談ですが、海軍に所属した戦闘機が「零戦(ぜろせん)」(零式艦上戦闘機)です。

写真:袖浦公園に残る格納庫の基礎部 袖浦公園に残る格納庫の基礎部

飛行学校で操縦の訓練を受けて戦地へ赴いた人の中には戦没した人が数多くいます。昭和19年秋には、学徒動員令により旧見付中学の学生も戦闘機の整備や補修等の作業に従事しました。戦局の悪化に伴って、戦闘機は全て特攻機として戦地へ飛び立ちました。

昭和20年(1945)8月15日の終戦により、分教場は廃止となり、3年余りの歴史が終わりました。

戦時中の苦難

写真:開拓の碑(開拓神社境内) 開拓の碑(開拓神社境内) 戦後の開拓

飛行学校の跡地は、食料の増産と離職者の就農を目的として分割・開拓が進められました。開拓の苦労の結果、現在では豊かな田園地帯が広がっています。

現在、跡地の一部は袖浦公園として整備されています。そして、園内に格納庫の基礎部分の一部が残されています。また、公園の北側に開拓神社と開拓の碑があります。神社は射撃場の跡地に建てられており、石碑は開拓の成功と苦労を今に伝えています 。

資料を探しています 企画展「磐田に学校給食がはじまった!!」

本年10月10日から来年3月30日までの間、旧見付学校では学校給食に関する企画展を開催します。
磐田市の学校給食は、昭和12年(1937)に現在の磐田北小学校が始めた「おかず給食」が最初です。戦後間もない昭和23年(1948)には、市内5校で脱脂(だっし)粉乳(ふんにゅう)による「ミルク給食」、昭和26年(1951)には早くも「完全給食(パン・ミルク・副食)」が一部で実施されています。「学校給食法」は、この3年後の昭和29年(1954)に作られました。

現在、過去の広報誌により情報収集などを行なっています。学校給食に関する写真、献立表、牛乳瓶の蓋などを探しています。お持ちの方は、旧見付学校(TEL.32-4511)までご連絡ください。

  • 写真:アルマイト製の食器と先割スプーン アルマイト製の食器と先割スプーン
  • 写真:中部小学校給食記念日(昭和34年) 中部小学校給食記念日(昭和34年)

コラム -ポケモンゲットだぜ!?- 谷野敦哉

写真:ドータクン(英名Bronzong) ドータクン(英名Bronzong)

著作権に配慮してシルエットのみお見せします。詳しくは、お近くの小学生(低学年の方がいいかも)まで 先日、埋蔵文化財センターを訪れた子供たちがケースの中を覗き込んで、“ドータクンだ~っ♪”と歓声を上げていました。聞けばヤツは『ポケットモンスター』に登場する雨雲を呼び起こす青緑色の空飛ぶポケモンで、ゲームではドーミラー(?)から進化するらしい???

ポケモンといえばアメリカでも大人気の日本が誇るアニメーションです。来館者のアップへ向けての起爆剤になるかも?と余計なことも考えた職員(わたし)は、さっそくネットで検索してみると、そこには!!

“う~ん、銅○って元々新品の10円玉みたいにピカピカなんだよなぁ、けっこう重いし・・・。”と、子供の夢を壊すようなことを考えてしまった私でした。

それでも○鐸が気になるそこの君!!ぜひ埋蔵文化財センターに来てね♪しばらくの間、入って右の展示ケースがヤツのすみかになっています。

編集後記

文化財課恒例の夏の展示会が始まりました。今年は磐田の古墳から出土した県指定・市指定文化財が一堂に会します。埴輪などの大型品から勾玉などの小型品まで、かなり見ごたえのある内容です。ぜひご覧ください。

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