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磐田文化財だより 第30号

旧見付学校で『むかしの授業体験』をしたよ!

8月4日(土)と8月17日(金)に、毎年恒例となった「むかしの授業体験」を旧見付学校で行ないました。今回は、例年にも増して好評で、受付開始から申し込みが殺到し、最終的に市内外から合計74名の参加がありました。

8月4日(土)「国語」

写真:授業体験国語10時30分の受付開始後まもなく、全員が着替えを済ませ教室に入りました。子どもたちはみんなやる気満々だったので、予定を繰り上げ、15分早く開始しました。授業には30名が一人の欠席もなく集まり、神谷校長先生のお話しを聞き漏らさず、熱心に聞いていました。それを取り囲む保護者の方の熱い視線も感じられました。

楽しい一時間

写真:国語授業集合昔の教科書を使っての授業ばかりでなく、絵描き唄なども交え、面白おかしく、一時間授業をしました。

帰りに、竹とんぼの羽を紙製にした「紙とんぼ」や「紙鉄砲」のお土産を渡したところ、参加者はとても喜んでいました。子どもたちのいい表情を見て、印象に残る体験になったことを実感しました。

8月17日(金)「昔の遊び」

写真:授業音楽 恒例の音楽の授業の内容に遊びを加えて体験してもらうように今年新たに企画しました。

猛暑に負けず

写真:遊びこの日は36度を超える猛暑日。朝からみんな汗だくでしたが、子どもたち44名が参加しました。ボランティアの松下つね先生のもと、まず、わらべ唄を全員で歌いました。

教室の中からは、「いちじく、にんじん、さんしょう、しいたけ、ごぼう・・」と、子どもたちの元気な歌声が聞こえました。にらめっこをする「らかんさん」の唄では、初対面の照れもあってか、最初は唄にのれない子もいましたが、最後の「通りゃんせ」を行う頃には、みんな楽しく遊んでいました。

お昼ごはんはおにぎり

昔の子どもたちのお昼ごはんを再現して葉蘭で包んだ塩おにぎりを2つ用意しました。みんなとてもおいしそうに食べていました。

昔の遊びはおもしろいね

午後からは、旧見付学校ボランティアの指導で、吹き矢、首飾り、落下傘、割箸鉄砲、水鉄砲など手作りのおもちゃをいっしょに作って遊びました。一番人気は水鉄砲で、ボランティアと水掛けごっこになっていました。

写真:遊び集合 TVゲームに熱中している普段の子どもたちと違って、生き生きした目で夢中になっている姿を見て、今回の企画をやって良かったな、と改めて感じました。あっという間の2時間で、物足りない子どもたちもいましたが、この暑さにもめげず、集中する気力はたいしたものです。その分、取り巻いている大人たちはもう、ヘトヘト。さぁ、来年も「むかしの授業体験」の参加を待ってるョ。次回、何をやるかはお楽しみ!!

もっともっと知りたい磐田の歴史

第5回 遠州大念仏編

ようやく9月に入り、暑さが過ぎようとしています。振り返れば、8月のお盆の頃が毎年暑さのピークを迎えており、そのような中、遠州大念仏が行なわれていたことを思い出します。
今回は市指定無形民俗文化財となっている遠州大念仏を紹介します。

念仏とは

念仏は、そもそも「阿弥陀仏(あみだぶつ)」を念じることで極楽浄土(ごくらくじょうど)に往生できるとする浄土信仰によるもので、時宗(じしゅう)の一遍(いっぺん)上人などにより念仏踊りとされました。室町時代頃には民間でも葬祭が一般化され、念仏による先祖の霊の供養(くよう)が広まります。これはさらに念仏踊りと習合し、念仏講の結成もみられるようになります。こうして泰平の世となった江戸時代には、遠州各地で初盆回向(はつぼんえこう)の大念仏が盛んとなるのです。

一般に、遠州大念仏の起源については「三方原の合戦で戦死した武田・徳川両軍の霊を慰めるために行なったのが始まり」とされています。念仏踊りは、南信濃(みなみしなの ※長野県南部)の「掛け踊り」、三河(みかわ ※愛知県東部)の「放下(ほうか)「踊り」、「田峰(たみね)の念仏踊り」など、いわゆる「三遠南信(さんえんなんしん)」に広く分布をみることができます。

加茂の大念仏

写真:加茂大念仏保存会による「遠州大念仏」 加茂大念仏保存会による「遠州大念仏」

加茂の大念仏の起源については、万延(まんえん)年間(1860~61)生まれの人が太鼓を切った(打った)と伝えられているので、これ以前であることがわかります。明治~大正時代にかけて、幾度かの休止を経ていますが、大正15(1926)年に再興しています。双盤(そうばん)(大形の鉦(しょう))や緋提灯(ひちょうちん)を新調し、匂坂中から指導者を招いて練習をしたと伝えられています。このように、再興に意欲的だった背景には、村内(加茂東)に初盆の家があっても、他村の大念仏組に頼まねばならない寂しさと、伝統行事の保存継承に対する熱意が地元住民にあったからだと言います。

戦時中、加茂東の双盤は金属回収令を免(まぬが)れ温存されていたため、戦後早期に復活できました。その後、昭和44~50年の間再び休止となりますが、昭和51年伝統行事の消滅を惜しみ、また、村の絆(きずな)を強めるため、復活され保存会を結成し今日に至っています。なお、結成時には「加茂東大念仏保存会」でしたが、昭和55年には「加茂大念仏保存会」と改称しています。

このように、加茂の大念仏には文化財を後世に伝承していく熱意を読み取ることができます。
加茂大念仏について、詳しい内容を知りたい方は、『豊田町誌別編II民俗文化史』(平成13年発行)をご覧ください。

~地域史編さん室だより~ 歴史文書館の資料整理に従事して 嘱託 菅野 千代子

写真:地域史編さん室 私は縁あって、昨年から地域資料の整理作業の仕事に従事する事になりました。初めはただ、臭い、汚い、虫食いだらけの古文書の整理作業に少々戸惑いがありました。

半年位前から、指導の先生、郷土史研究会の勉強会等でくずし字を勉強し、最近では日々の積み重ねと興味で少しは読めるようになりました。確かに文字のくずし方や略字、連結方法に習熟していないと歯が立たないなと感じる時もありましたが、日々少しずつ目で字の形を覚えていく、数を重ねて毎日読んで見る、そういう事を繰り返しているうちにくずし字も読めるようになり、昔の人の暮らしぶり、取り決めなどが解ってきました。

古文書が理解できると面白くなり、ますます身近な郷土史に興味が涌き、意欲も出てきました。古文書に書かれた「御座候(ござそうろう)」「被為仰付(おおせつけられ)」等一字一句の文言の味わい、言い回しは何とも言えず、又、私たちが忘れかけている目上の人に対する敬意を表す表現を大事にしていきたいと思います。

また、村明細帳、五人組改帳、奉公人請状、天竜川渡船関係文書、代官に提出する江戸末期の嘆願書等、村の長老達が相談して決めた当時の様子が想像され、興味を覚えるようになりました。来年4月に磐田市歴史文書館がオープンしますが、古いものをどんどん捨て去り、新しいものを吸収する事が賛美される風潮の中、古文書の内容を整理し現在に引き継ぐ活動を行う事の意義を感じられるようになってきています。

コラム 未来への想い 清水尚

先文化財だより第3号のコラムで、皆さんと「ふるさと紀行」を楽しみたいとお話しました。現在、出前講座のご依頼があるたびに、お話する中で、皆さんと楽しんでいます。 そのつど思うことは、磐田の歴史の深さとそれを伝えるところない無念さです。

磐田は、古墳時代以降、まさに東海の盟主としての歴史を築いてきました。歴史ある街がかもし出す独特な空気は今も感じることができますが、実際に見たり触れたりできるものは少なく、また、香りの博物館など新しい文化を発信する施設はありますが、磐田の歴史や民俗、芸能、古美術など、郷土の誇りとなる文化を伝える施設はありません。

それを補う仕事として、文化財課では、小学校へ出向いての体験型の訪問博物館や一般の方々への出前講座を土日関係なく積極的に行い、磐田の歴史文化を少しでも伝えようとしています。これを続けて行くことで、将来、歴史や民俗学習を含む体験型の総合学習センター的な施設へつながればいいと期待しています。

この想いを未来へ託すために「私たちの仕事は、文化財の調査・保存という専門的な一面もあるけれども、最後は、生涯学習を含めた教育に帰結しなければならない」と力んでみたくなる今日この頃です。

編集後記

旧見付学校で行われたむかしの授業体験で、かすりの着物を着た小学生たちは、みんな良く似合ってかわいかったです。先生たちも袴やもんぺを身につけて、明治時代の小学校を彷彿させる風景でした。来年も楽しみです。

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