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磐田文化財だより 第35号

文化財課企画展を開催します!

今回は「うつわの美」と題し、中世陶磁器の研究者としても知られていた故鈴木幸朗氏から寄贈を受けた資料をはじめ、埋蔵文化財センター所蔵の中世陶磁器を中心に紹介します。さまざまなうつわの美しい色や形を、ぜひ間近でご覧ください。

埋蔵文化財センター収蔵品展 企画展「うつわの美」

  • 写真:天目茶碗 ▲天目茶碗
  • 写真:青磁盤 ▲青磁盤
  • 写真:壺 ▲壺
日時 平成20年2月2日(土)~2月17日(日)
会場 磐田市立豊田図書館 1階展示室
休館 月曜日(2月4日・11日)
入場 無料
磐田市の代表的な中世陶磁器を一挙公開

磐田市は原始・古代からの遺跡が多く所在しています。古代には遠江国(とおとうみのくに)の国府(こくふ)が置かれ遠江国分寺などの国の中心的な施設がありました。また、中世(鎌倉時代~安土・桃山時代:今から約800~400年前)では一の谷中世墳墓群(水堀)や大原墳墓群(新貝)、見付端城(みつけはじょう)遺跡(見付)、見性寺(けんしょうじ)遺跡(見付)などの遺跡が知られており、発掘調査で壺(つぼ)、甕(かめ)など多くの陶磁器が出土しています。 しかしながら、そのほとんどは破片であり全体を知る資料はあまり見られません。今回展示する資料は、その中でも完形品で美術的に優れ、歴史的にも時代の移り変わりを知ることができる貴重な資料です。

  • 写真:「ゆ」字壺(つぼ)(渥美産)
平安時代 器高31.5cm 「ゆ」字壺(つぼ)(渥美産)
    平安時代 器高31.5cm
  • 写真:甕(かめ)(常滑(とこなめ)産)
平安時代 器高36cm 甕(かめ)(常滑(とこなめ)産)
    平安時代 器高36cm
  • 写真:壺(常滑産)
室町時代 器高32cm 壺(常滑産)
    室町時代 器高32cm
  • 写真:青磁盤(せいじばん)(中国産)
中国・明代 口径29.6cm 青磁盤(せいじばん)(中国産)
    中国・明代 口径29.6cm
企画展「うつわの美」

写真:豊田図書館アクセスマップ ◆日時 平成20年2月2日(土)~2月17日(日)
午前9時30分~午後5時30分
◆会場 豊田図書館1階展示室
◆休館 月曜日(2月4日・11日)
◆入場 無料

皆さんお誘い合わせの上、ぜひご来場ください

もっともっと知りたい磐田の歴史 第9回 岩室廃寺跡編

山岳寺院-岩室寺-

写真:獅子ケ鼻 ▲獅子ケ鼻

敷地川(しきじがわ)の東岸は、標高150~180m程度の切り立った断崖となっており、その一ヶ所に 獅子ヶ鼻(ししがはな)と呼ばれる岩が張り出しています。現在は獅子ヶ鼻公園として整備されていますが、古代~中世には「岩室寺」という寺院が建っていました。

礎石(そせき)・瓦などの遺構・遺物が発見された他、観音堂には過去に地中から掘り出されたと伝えられる仏頭・仏像が安置されています。観音堂の仏像は、かつて 比叡山(ひえいざん)との争いの際に境内に埋めて隠されたという伝承があります。岩室廃寺跡は磐田市の史跡に指定されています。

中世の信仰の拠点-遠州の高野山-

発掘調査や採集によって発見された最も古い遺物として、奈良時代の土器、瓦があることから、寺院のはじまりは奈良時代にまで遡(さかのぼ)ると推定されます。しかし、少量であることから当初は規模が小さかったと考えられます。瓦は遠江国分寺と同じものが含まれることから、両者には何らかの関係があった可能性があります。

御堂跡、塔跡には建物の礎石が残っています。周辺からは10世紀後半の瓦や土器が発見されていることから、瓦葺きの立派な堂や塔が建っていたことが分かります。敷地川を隔てた西側の尾根からも2ヶ所で塔の礎石が発見されており、森町に入った丘陵からも遺跡が発見されていることから、最盛期には周辺の山々までを含む広大な範囲の寺院であったと推測されます。範囲には、経塚(きょうづか)・中世墓も分布しています。屋根に葺かれた瓦は、約2km離れた大楽寺窯(だいらくじよう)で焼かれ、岩室寺に供給されたことが分かっています。岩室寺について書かれた文献は多くありませんが、歴史書『吾妻鏡(あずまかがみ)』に記述がある他、中世に岩室寺の僧侶が写経した旨が記された大般若経(だいはんにゃきょう)(大般若波羅蜜多経(だいはんにゃはらみつたきょう))が残されています。

  • 写真:岩室廃寺跡(観音堂) ▲岩室廃寺跡(観音堂)
  • 写真:中世墓 ▲中世墓

旧赤松家記念館 企画展 神谷みつ人形展(~4月6日)

写真:新歌舞伎18番より鏡獅子の弥生 新歌舞伎18番より鏡獅子の弥生

神谷みつ氏は、約40年間人形作りに打ち込んだ女性です。文学や美術にも造詣(ぞうけい)が深く、地元画家である平野(ひらの)竹逸(ちくいつ)氏などとも深い交流がありました。
その神谷みつ氏が製作したのが「さくら人形」です。

さくら人形とは、布製(ぬのせい)マスクで、日本髪(にほんがみ)や衣装をまとった人形で、木彫(きぼり)人形作家の小松(こまつ)康城(やすしろ)氏(1915~1979)が昭和初期に創案、創始したものです。日本古来の伝統的美しさと新しいセンスを併(あわ)せ持ち、当時多くの人に親しまれました。素材は自由で範囲が広く、髪型やポーズも自由な形に作ることができ、また衣装や小道具なども好みのものを選べるので、作者の個性や工夫が生かしやすいものでした。

昭和58年に95点が市に寄贈されました。現在、旧赤松家記念館にて企画展「第3回神谷みつ人形展」を開催しており、みつ氏製作のさくら人形を直(じか)に観ることができます。今は貴重となりましたさくら人形を、ぜひ間近で御覧下さい。

(旧赤松家記念館休館日:月曜日・祝日の翌日)

コラム 冬の過ごし方 谷口安曇

写真:市内遺跡出土 温石 市内遺跡出土 温石

二月は一年で最も寒い月です。暦(こよみ)では立春ですが、気温は一年で最も低く磐田でも雪が降る日もあります。

この季節、屋外での発掘作業は体がたいへん冷えますので、カイロが欠かせません。まずは防寒ブーツの中、二重に履いた靴下の足の裏に張り、背中に張り、そして手を温めるためにポケットにも入れています。カイロは携帯用の暖房具としてとても便利な一品です。

現代の私たちは、すぐに温まるとても便利なカイロを使うことができますが、古代の人たちはどうやって暖をとっていたのだろうかと思います。
市内の古代遺跡からは暖房具の出土例はありませんが、近世の遺跡からは温石(おんじゃく)と呼ばれる携帯用暖房具が出土しています。温石は手のひらサイズの石を四角く加工し穴を開けたものです。石を熱し、それを布に巻き懐(ふところ)に入れて体を暖めました。カイロの元祖ともいえます。

昔の人々も、寒い冬を少しでも快適に過ごそうと工夫していたことがわかります。

編集後記

1月19日に行った国分寺跡発掘調査現地説明会に、大勢の市民の方が参加してくださいました。今年の調査では、木製の燈篭(とうろう)跡や排水施設が見つかるなど、新たな事実が分かりました。来年も調査が行われる予定です。どんな新発見があるのか、期待してください。

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