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磐田文化財だより 第40号

国登録文化財 大箸家住宅・花咲乃庄のすべて

写真:お蔵 ▲入り口横のお蔵

今月号では、この3月7日に国登録文化財に登録された、豊岡・壱貫地(いっかんじ)の大箸家住宅について紹介します。

大箸家は江戸時代末期の造り酒屋で、壱貫地村の庄屋(村の代表)を務めていた家です。今回は主屋(おもや)(母屋)の他、蔵2棟、納屋(なや)、外塀、内塀、井戸小屋の、合計7件が登録されました。

みどころ17件の建造物

国の調査官が目を見張ったのは、主屋以外の建造物が多く残っていることでした。まず門をくぐると右側に蔵が2棟並んでいます。正面の奥に見えるのが主屋で、その右側に納屋があり、中庭には井戸小屋が、左側には中庭と庭園とを分けている内塀が見えます。

このように居住空間として使われていた場所の大半が残っており、当時の庄屋のようすを知ることができる、貴重な文化財であることがわかります。7件の登録文化財の建物を明治20年代にスケッチされた銅版画と比べてみると、まったく同じ場所に描かれていますので、もうそのころには今と同じ建物があったことがわかっています。元は北側に工場スペースがあり、酒造りを行っていたようです。

みどころ2 天保の風霜を感じる主屋

写真:主屋 ▲正面から見た主屋

大箸家の門をくぐって正面に見えるのが、見るからに重厚な趣のある主屋です。この主屋が敷地内では一番古く、天保年間、約170年前に建てられたと推定されています。平屋建てとして造られ、2階部分などは明治時代初めに改築されたりしていますが、大枠は江戸時代のままの状態を保っています。

みどころ3 美しい庭

写真:庭園 ▲庭園の様子

大箸家には塀が2つあります。主屋から左に行くとまず内塀があり、その戸をくぐると落ち着いた庭園があり、奥に外塀が見えます。庭園にはドウダンツツジなどが植えられていますが、これらの樹木は元からあったもので、おそらく江戸時代から変わっていないものでしょう。主屋から見る庭も美しく、見飽きないものです。

みどころ4 所蔵品と展示

写真:北側にあるお蔵 ▲北側にあるお蔵写真:明治時代の銅版画 ▲明治時代の銅版画

大箸家は元々造り酒屋で、当時の酒造りに関わる道具が蔵などに展示されています。この中には浜松藩主を務め、その後老中(現在の首相)に登りつめた水野越前守忠邦(ただくに)から拝領したと伝えられる品もあります。主屋にも交流のあった天竜川治水の偉人・金原明善(きんぱらめいぜん)の書がさりげなく掛かっていたりと、みどころが満載です。

みどころ5 オーナーさん!

オーナーの大箸晴康さん。優しい笑顔が印象的です。もちろん大箸家のご子孫で、14代目の当主です。先祖から受け継いだ貴重な文化財を守るために、日々ご苦労をされています。運がよければ説明も聞けるかも知れませんよ(電話でお問い合わせください)。

アクセスマップ 大箸家住宅は現在、「花咲乃庄」として一般公開されています。江戸末期から明治初期における庄屋の状態が景観を含め、よく保たれている貴重な資料です。みなさんも一度お寄りになって、江戸時代の雰囲気に触れてみてはいかがでしょうか。

【お問い合わせ】
電話:0539-62-2316(休館日:火曜日)

みんなに話したい「わたしの好きな文化財」(2)

~高見丘(たかみがおか)遺跡群/陽当たり良好!お肌ボロボロ…~

先月号からはじまったこのコーナー、2回目の担当は谷野です。こと文化財についてはマニアックでない私が、悩んだ挙句ご紹介するのは私の発掘デビューの地、高見丘遺跡群です。

写真:ららぽーと完成予想図ららぽーと完成予想図(南より)

手前がPA、青い建物(映画館?)あたりが、私の担当した場所です 好アクセス!! 高見丘遺跡群は、東名高速道路の遠州豊田パーキングエリア(PA)周辺に広がっています。 遠州豊田PAは、ETCを搭載した車であれば乗り降りできるスマートインターチェンジでもあるので、遠くの方にとっても好アクセスの遺跡群といえるでしょう。

ちなみに、私はPA北側の、来年(2009)初夏に郊外型大型ショッピングセンター“ららぽーと”や温泉付きホテルが開業予定の地区の発掘調査を、2006年5月から約10ヶ月間担当しました。

雨ニモ(何トカ)マケズ…

写真:遺跡に架かる虹 遺跡に架かる虹(2007/03/19)
調査期間終了直前の出来事でした

いきなり60人以上の発掘作業員を指揮することになってしまった私は、人生のキャリアも3倍くらい豊富な作業員さんたちから「この石、要らんら?」「まだここ掘るだか?」と尋ねられ右往左往…。

その上、遺跡群は丘の上にあり、夏は陽当たりがよくて暑く、冬は風が強くて寒く、雨も十分にしのげないため、心身ともに(特にお肌が)ボロボロ・・・。

先輩職員のアシストのおかげで、何とか調査終了まで漕ぎ着けられたような状態でした。

かなり地味め…

写真:礫群礫群:
1面に広がっていますが、グループに分けられ、
それぞれが 使われた時期は数千年単位で
違うこともあったりします

ここは、2万年くらい前の人類がまだ土器を知らなかった旧石器時代の遺跡です。食料となる動物や木の実を求めて移動生活を送っていた当時の人々のキャンプ地の一つだったと考えられています。

しかし、生活の跡といっても、なが~い歳月は木や毛皮などを分解して土に帰し、残っているのはほぼ石だけで、石器のほかは、赤くなった石の集まり(礫群(れきぐん))やポツンと残る子供の頭ほどの石(配石)、細かい石の破片などなど、私の最初の印象は「えっ!これってホントに遺跡?」でした。

石は語る

しかし、礫群は当時の人々が蒸し焼き料理を行う際に使ったもの、配石はイスや作業台など、細かい石の破片は石器を作った際に出た破片だと考えられ、これらは当時の生活の様子を知る重要な手がかりなのです。
なお、この遺跡からは礫群や配石が合わせ300基以上も見つかっていますが、これらは同時に使われた訳ではなく、この地が長い間利用された結果だと考えられます。

2万年前のご近所さん

旧石器時代の日本の全人口は2万人程度(磐田市の人口の1/8以下!!)だったといわれています。ここはそんな時代の数少ない人々が生活していた貴重な場所なのです。

遺跡群の大部分は開発によって残念ながら壊れてしまいましたが、買い物や温泉にお出かけの際には、2万年の時をこえ、同じ場所に暮らしていた人たちがいたことを思い出していただくと、歴史をより身近に感じられるかもしれません。

小さな博物館(7~9月) 貝塚(かいづか)

写真:貝塚の断面 ▲貝塚の断面
写真:銛や石のおもり ▲銛や石のおもり

貝塚は、縄文人の暮らしぶりを知ることができる貴重なタイムカプセルです。

腐りにくい貝殻が、たくさん捨てられたため、貝の山(塚)になったものです。市内では、西貝塚・石原・見性寺(けんしょうじ)遺跡から見つかっています。この貝殻のおかげで、酸性の土壌の日本では、通常溶けてしまう動物の骨や角(つの)で作られた道具などが見つかっています。

西貝塚からは鹿の骨で作った銛先(もりさき)や矢じり、石のおもり(石錘(せきすい))などが発見されました。また、石原貝塚では、牙で作った釣針が出土しています。これらの道具から、縄文人は突き漁や釣り、網を使った漁などをしながら暮らしていたことがわかります。 縄文時代の磐田周辺には、貝や魚がたくさん獲れる豊かな海が広がっていたことが想像できます。

コラム 夏の発掘調査現場から 渡邊武文

7月に入り、いよいよ夏本番!夏と言えば、マリンスポーツにバーベキュー、花火大会にととりわけイベントの多い季節です。また、甲子園大会やオリンピックに代表されるようにスポーツに彩られる季節でもあります。一年の中で、一番体力が必要となる時期と言えるのではないでしょうか。

私たち文化財課で行っている遺跡の発掘調査でも同様です。夏場は暑さや湿気に加え、最近では紫外線も気になるところです。地球の温暖化が叫ばれている今日ですが、こういう面でも影響がでてくるのでしょうか。

写真:現在行っている発掘作業の様子 ▲現在行っている発掘作業の様子

デリケート(?)な私はと言えば、普段は塗らない日焼け止めを入念に塗って、美白(?)に努めています。また、調査の記録を描きこむ紙などが自分の汗でぐちゃぐちゃになってしまうのも、この時期につらいところです。 しかし、厳しい環境の中こそ、それを乗り越える意欲が沸いてくるものです。

これから暑い日が続きますが、皆さんも夏バテしないように気を付けましょう!

編集後記

埋蔵文化財センターでは、旧市町村史の他にも文化財関連の写真集や概説本なども販売しています。文化財だよりの合冊なども取り扱っておりますので、ご希望の方は埋蔵文化財センターへお問い合わせ下さい。(や)

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