磐田のみどころ

磐田市役所 ホーム > 磐田のみどころ > 文化財 > 磐田文化財だより 第42号

磐田文化財だより 第42号

旧見付学校 楽しかったよ!「昔の授業体験」

今年も恒例になりました「昔の授業体験」を行いました。絣(かすり)の着物を着て、みんな大はしゃぎ。暑さなんかそっちのけ、そんな2日間でした。

写真:昔の授業体験風景 みんな真剣に勉強してます!!

8月2日(土)は国語の授業、8月19日(火)は昔の遊びを体験しました。当日はいずれも夏の真っ盛り、みんな汗だくになりながらも授業や遊びに夢中でした。そんな体験の1コマを紹介します。

8月2日は、明治・大正時代の授業はこんな風だったよと、昔の教科書を声を出して読みました。神谷校長先生の先導(せんどう)のもと、子供たちの「サイタ、サイタ、サクラガサイタ」の大きな声が教室から聞こえます。明治の見付学校も、こんな授業風景だったのでしょうか?そんな思いが過(よ)ぎる2時間でした。

  • 写真:昔の授業体験風景神谷校長先生のお話しに夢中!!
  • 写真:記念撮影国語の授業を体験したよ!
  • 写真:昔の遊び体験吹き矢はこうやって作るんだよ!!

8月19日は、49人の子供たちが旧見付学校に集まりました。
今年の昔の遊び体験は、紙ヒコーキ、紙風船、紙鉄砲(てっぽう)、吹き矢など、紙を素材にした遊びをしました。 この日は、4つのグループに別れ、旧見付学校のボランティアの方々に協力していただき、子供たちに作り方の指導をしていただきました。

写真:吹き矢体験 吹き矢で的をねらって遊ぶぞ!!

説明が終わると、子供たちは目を輝かせいっせいに作りだしました。
ボランティアの方々も昔に戻り、子供たちと張り切って遊びました。最近は、遊び道具を作っている時から楽しく遊べるような機会は減っているのかもしれません。自分の手で作った遊び道具で遊んでいる子供たちの姿は、とても楽しそうに見えましました。

「えー、もう終わるの?」と、いう子供たちの残念がる声もありましたが、修了証書を授与し、記念撮影をして2日目の昔の遊び体験を終えました。余った材料は、お土産に家へ帰ってからも作って遊べるようにと、子供たちに持たせました。

来年も楽しみに待っていてください!!たくさんの方の参加をお待ちしています。

  • 写真:紙ヒコーキ体験どこまで飛ぶかな?紙ヒコーキ
  • 写真:記念撮影
  • 昔の遊びを体験したよ!

みんなに話したい「わたしの好きな文化財」(4)

~医王寺(いおうじ)/日本庭園の美~

4回目の担当は柳川です。今月号で紹介するのは、数ある寺院の中で唯一庭園及び参道が磐田市の指定文化財(名勝)になっている医王寺です。 医王寺庭園は江戸時代初期に造られた、客殿の西側と南側を合わせて約1,000m2にもなる古い庭園です。

  • 写真:医王寺参道苔むした参道
  • 写真:医王寺西側庭園
  • 西側の庭園

山門に向かう参道

江戸時代後期の弘化4年(1847)に建てられた山門に向かうまでの参道は、長い年月をかけて苔(こけ)が生(お)い茂り、京都のお寺のような風情があります。初めて訪れた時には、山門の脇に植えられた桜が満開で、一面に生えた苔の緑との調和が見事でした。古寺の情緒をかもし出す参道は、癒しの効果があるのかもしれません。
何度訪れても飽きることがありません。

小堀遠州(こぼりえんしゅう)作か?

医王寺庭園は石のほとんどが立てて組まれており、その造園様式は遠州地方に多く残っている、小堀遠州(こぼりえんしゅう)の造った庭園と似ています。医王寺庭園の作庭師は、小堀遠州とも京都智積院能化第七世運敞僧正(ちしゃくいんのうけうんしょうそうじょう)とも言われていますが、残念なことに寺伝などには残っておらず定かではありません。

枯山水(かれさんすい)の庭園

枯山水とは、水を用いずに石・砂・植栽(しょくさい)などで水流を表現した庭園です。これは庭園には水が不可欠のものであるという考えからです。医王寺の庭園は、スギゴケで水の流れを表現しているところに特徴があります。 土地の高低を利用して築山(つきやま)を作り、滝を模した石組みを立てて組み合わせることで、水が深山から流れ出し大きな流れになっていく様子を現しています。 医王寺庭園では、作庭師に敬意を表して江戸時代初期に造園した当時のままの様子を今に残しています。

ツツジ、サツキを中心とした刈り込みの植栽でまとめられた庭園は、5月~6月にかけての花咲く季節に一段と華やぎ、艶(あで)やかな景色が楽しめました。

他にもこんな見どころが…

医王寺の境内(けいだい)を歩いてみると、至る所に季節の花が植えられています。春の境内では、ヤエヤマブキの鮮やかな黄色が目をひきます。半日陰の境内には、朝に花開き夕方にはしぼんでしまう可憐(かれん)なコチョウカ(シャガ)や、開花時期が異なる3種類のサクラが咲き、長い間サクラの花を楽しむことができるのも素敵です。

梅雨の季節にはアジサイが、秋のお彼岸を迎えた頃にはハギの花が小さなかわいらしい花を咲かせます。花の少ない冬にも、ツバキやサザンカの花が境内を明るく彩ります。花好きな私は、花を眺めて歩くだけでも楽しく感じられる場所でもあります。ぜひ、足を運んでみてはいかがでしょうか。

~地域史編さん室だより~

郷土(きょうど)出身者の活躍(かつやく)に眼を向けてみました 竜洋町史の資料調査をしていますと、郷土の先人たちがいろんな方面で活躍されていることがわかります。今回は、その中から、3人をご紹介します。

平野又十郎

静岡銀行の元を作った一人です。又十郎は掛塚の廻船問屋(かいせんどんや)・林文吉の八男として生まれました。浜北の平野家に養子に入ってからの多方面の活躍は良く知られています。

丘浅次郎(おかあさじろう)

写真:丘浅次郎 丘 浅次郎

東京帝国大学を卒業して、東京高等師範(しはん)学校の教授を永年勤めた生物学者です。日本の生物学の分野では、知らない人はいないといわれるほど著名(ちょめい)な学者です。明治元年、掛塚砂町に生まれ、父親が発足したばかりの造幣局(ぞうへいきょく)の技師となるため大阪に移り住みました。

浅野茂平

野崎に生まれた浅野茂平は、明治元年、明治天皇が江戸(東京)に向かう際に、天竜川渡河(とか)のために舟橋を架ける役目を果たしました。その後、浜松県庁に架橋(かきょう)願いを提出、翌7年、中州を結ぶ4つの木橋と本流の舟橋からなる最初の天竜川橋が完成しました。

コラム 私のお仕事 山中健太郎

みなさんこんにちは。私は管理係の山中です。今回この場を借りて、私たち管理係の仕事について簡単に説明させていただきます。 私は文化財課の「管理係」の一員として日々過ごしていますが、「文化財課なら発掘するんでしょ?」と聞かれることがよくあります。私も説明が難しいから、「そんなところですよ」とあいまいに答えていましたが、この機会に誤解を解いておこうと思います。

実は、文化財課には「調査」と「管理」という2つの係が存在し、それぞれ協力しながら文化財の保存や活用に努めています。おおまかに分ければ、「調査」係は発掘調査と遺物(いぶつ)の保存などを担当し、「管理」係は史跡(しせき)の管理を担当しています。そのため、管理係に所属する私は史跡の管理などの仕事をしているわけです。

管理と言いましても意味は広いのですが、樹木の枝を払ったり、草刈をしたり、ゴミを拾ったり等々、みなさんに気持ちよく見ていただけるように気をつけています。

また、旧赤松家記念館と旧見付学校の両施設も管理係が運営を担当しているので、それら施設を通して文化財の普及・啓発(けいはつ)を行うことも大事な仕事です。

編集後記

磐田市のホームページや教育委員会のホームページにも、文化財の情報が載っています。ぜひご覧ください。 また、ご意見やご感想などがありましたら、文化財課までお寄せください。(や)

ページの先頭へ

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの構成について、ご意見・ご要望などがありましたら下記に入力してください。
入力内容への個別の回答はできかねますのでご了承ください。

このアンケートフォームは、磐田市ホームページに関するご意見をお聞かせいただくものです。
市政に対するご意見、お問い合わせなどはこちらへお寄せください。ご意見・お問い合わせ