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磐田文化財だより 第44号

ふるさと歴史たんけん隊・見付歴史講座の合同企画

見付地区文化財めぐり 9月27日(土)に市内の小学校5・6年生を対象に募集した「ふるさと歴史たんけん隊」約20名と見付公民館が募集した「見付歴史講座」の約20名が見付地区内の建造物を見学しました。世代の違う人達が楽しく文化財をめぐることを目的に、初めて合同企画をしました。今回は特別に許可をいただき、栗田家の蔵の中や大久保家の敷地内を見学させてもらいました。

コース紹介

写真:見付地区見学場所 ※赤字は指定文化財
見付公民館 ⇒(1)宣光寺 ⇒(2)栗田家土蔵群 ⇒(3)見付宿いこいの広場 脇本陣大三河屋門 ⇒(4)大久保家 ⇒(5)旧見付学校 淡海国玉神社 磐田文庫⇒ 見付公民館

見付地区を歩こう 見付公民館に集合

穏やかな秋晴れの下、全員が輪になってストレッチで体をほぐしました。
見付には、見付宿の奥に入るための横道がいくつもあり、この道を「小路(しょうじ)」と言います。小路の呼び方はその道の由来を示しています。地蔵小路の名前の由来を話しながら、まず宣光寺(せんこうじ)に向かいました。

宣光寺

写真:宣光寺宣光寺を見学中!

宣光寺では延命地蔵えんめいじぞう)とも呼ばれている地蔵菩薩坐像(じぞうぼさつざぞう)(県指定文化財)や、徳川家康の名が刻まれた釣鐘(つりがね)(市指定文化財)を見学しました。

この釣鐘は、戦国時代に戦死した多くの武将のために、家康の信仰が厚かった地蔵菩薩にその冥福(めいふく)を祈って家康が寄進したと言われています。

栗田家土蔵群(くりたけどぞうぐん)

写真:栗田家 栗田家のお蔵を見ました

栗田煙草合資会社(くりたたばこごうしがいしゃ)の5棟の土蔵は、明治初期から昭和初期にかけて順次建設されました。個人の煙草製造所として残った蔵は、煙草の収納・乾燥に使われました。

今回は1番最後に造られた5号の蔵の2階へあがる階段や煙草の収納棚を見学しました。

見付宿いこいの広場・脇本陣(わきほんじん)大三河屋門

脇本陣は、大名や貴族のための宿泊施設です。本陣につぐ有力な家が選ばれました。大三河屋は一般旅館でしたが、文化2年(1805)に本陣を補佐する脇本陣となりました。見付宿いこいの広場は、平成19年に脇本陣門が移築され、整備されました。

大久保家邸宅

写真:大久保邸 大久保邸を見学しました

見付学校の西隣に、淡海国玉神社(おうみくにたまじんじゃ)の神官(しんかん)を務めた大久保家の邸宅があります。

大久保家は磐田文庫を創立した大久保忠尚(ただなお)、見付学校建設に力を尽くした大久保忠利(ただとし)、明治維新で遠州報国隊(ほうこくたい)の中心となった大久保春野(はるの)らを輩出しました。

母屋は、現在東側の入り口だけですが、本来は南側(神官としての用途の入り口)と東側の2か所に入り口がありました。

旧見付学校・磐田文庫

写真:記念撮影旧見付学校前でハイ、チーズ!

職員の説明を聞き、旧見付学校のパンフレットを見ながら見学しました。

明治8年に建築された、現存する日本最古の木造擬洋風小学校校舎の前で、全員で記念撮影をしました。 隣接する約140年前の私設図書館、磐田文庫とともに国史跡となっており、現在は教育資料などの展示を行っています。

見付公民館に到着

見付公民館との初の合同企画でしたが、参加された方々からは「世代交流のある市内めぐりとなり、楽しく見付の町を歩くことが出来ました。」と言っていただきました。みなさんお疲れ様でした。

みんなに話したい「わたしの好きな文化財」(6)

~匂坂中下(さぎさかなかしも)4遺跡~

第6回を担当する大村です。私が紹介するのは、磐田原台地の西縁部に位置する匂坂中下4遺跡(市内匂坂中)です。この遺跡からは、およそ1,800年前の弥生時代と2万年前の旧石器時代のムラの跡が発見されており、私は平成15・16年度に行われた発掘調査を担当しました。

弥生時代のムラ

弥生時代は日本列島で米作りが行われるようになった時代です。市内でも、御殿・二之宮(ごてん・にのみや)遺跡(中泉・二之宮)や鎌田・鍬影(かまた・くわかげ)遺跡(鎌田)など、平野に営まれたムラ(集落)で稲作を行っていたと推定されています。それに対して、匂坂中下4遺跡は台地の上につくられたムラです。なぜ、稲作に適しているとはいえない場所に住んだのか?敵からの防衛のため、米作り以外の生業のため、などの理由が考えられていますが、このミステリーはまだ解決されていません。

発掘調査では、現在までに住居跡9軒、建物跡7軒のほか、集落の周囲を囲む可能性のある大溝などが発見されています。

写真:弥生時代の遺構弥生時代の遺構を発見

黄色の土の中に黒い土が入っている部分が遺構です。手前が住居跡です。

旧石器時代のムラ

写真:住居跡住居跡を掘り下げる

旧石器時代はまだ土器の作られていない時代です。そのため、発見される遺構・遺物(いこう・いぶつ)はほとんどが石に限られます。

火を受けて割れた石が一か所にかたまる「礫群(れきぐん)」、大型の石が単独で置かれた「配石(はいせき)」、石器が一か所からまとまって出土する「石器集中」などがあります。

これらの石は通常の土の中には含まれていないことから、台地下の天竜川の河原から運んだと考えられています。 発掘調査では、現在までに礫群15基、配石8基、石器集中5か所が発見されています。

調査を振り返って

写真:礫群礫群
調理施設(バーベキューなど)の跡と考えられます。

発掘調査のほか、報告書の作成も担当し、何とか終わった訳ではありますが…。正直言って楽しいことばかりではありませんでした。

しかし、他の職員の協力・助言のほか、多くの作業員の協力を受けることができ、大変感謝しています。貴重な経験をさせてもらった、自分の中で大きなウェートを占める発掘調査であることは間違いありません。

~地域史編さん室だより~ 『竜洋町史 通史編』予約注文の受付を開始しました

写真:好評発売中の竜洋町史(資料編・民俗編) 好評発売中の竜洋町史(資料編・民俗編) 竜洋町史」の最終巻である『竜洋町史 通史編』がまもなく完成します。完成に先立ちまして予約注文を受付します。

ぜひこの機会にお申し込みください。

『竜洋町史通史編』販売価格5,500円
A5判全ページカラー
本編800ページ
別編(自然編)100ページ
販売予定:平成21年3月
申込締切:平成20年12月末日
予約注文書に必要事項を記入の上、ハガキまたはFAXにてお申込みください。

コラム 訪問歴史教室 神谷英雄

写真:訪問歴史教室 私の担当している仕事の中で「訪問歴史教室」という仕事があります。小学生を対象に本物の土器や石器を見たり、触れたりしながら磐田の歴史を紹介する授業です。

口下手な私は、「子供たちは飽きずに聞いてくれるだろうか」「時間内にうまくまとめられるだろうか」など子供たちの顔色を伺い、途中で口がうまく回らなくなりつつ、毎回心臓がドキドキしながらやっております。

しかし、先生としては素人ですが、子供たちに磐田の歴史をわかりやすく、面白く伝えられることができればと思って頑張っております。(私の話がきっかけで歴史が嫌いになったらどうしよう・・・)

合併して市内のいろいろな小学校を回りましたが、まだまだ行っていないところがたくさんあります。市内すべての小学校でこの訪問歴史教室を利用していただきたいと思っていますので、ぜひお気軽にご相談ください。

編集後記

新しく「暮らしの文化と民具」(価格:200円)が発売されました。この本には、旧豊田町の特徴ある民具が掲載されています。購入を希望される方は、埋蔵文化財センターまでお問い合わせください。(や)

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