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磐田文化財だより 第48号

塔の間取りがわかりました!

~平成20年度の遠江国分寺跡(とおとうみこくぶんじあと)の発掘調査成果~

磐田市教育委員会では、国の特別史跡・遠江国分寺跡の再整備に必要な資料を得るための発掘調査を平成18年度から行っています。平成20年度は、国分寺の象徴(しょうちょう)である塔の跡や、僧がお経を学んだ講堂(こうどう)の跡を調査しました。

塔跡で「四天柱(してんちゅう)」の根石を発見!

写真:塔の柱の配置 塔の柱の配置

西暦741年の『国分寺建立(こんりゅう)の詔(みことのり)』で、聖武天皇は七重の塔を建て、国の安泰(あんたい)を願うお経を納めるように命じています。

今回の調査で、塔の中心に位置する心柱(しんばしら)を囲む4本の柱(四天柱)のうち、南東部の1本にともなう根石(ねいし)(礎石(そせき)を安定させるために置いた石)が見つかりました。

今回、四天柱の根石が見つかったことにより、心礎を中心に、四天柱4本、側柱(がわはしら)(外側の柱)12本の計17本の柱からなる塔の間取りが判明しました。なお、塔の初層(しょそう)の一辺は、現存する礎石から9.5mと考えられます。昭和26年に調査を行った石田茂作(もさく)氏は、この塔は七重で、高さを66.5mと推定しています。

塔には厚さ2mにも及ぶ基礎工事

写真:基礎工事 塔の基壇(土台)の造成にあたり、塔の一回り外側を含めて地下を掘りこんで地盤(じばん)を改良する工事を行ない、その下底部から基壇の上面まで厚さ2m近くに及ぶ版築(はんちく)(土を交互に積んで叩きしめた基礎工事)を施していました。

また、径10cm前後の玉石(たまいし)を敷(し)き詰(つ)めた、地盤強化のためと思われる層も発見されました。塔の付近はやや低地にあたるため、地盤の強化を目的としたものと考えられます。

講堂も基壇の外装(がいそう)は木製!

写真:講堂 『歴史散歩事典 山川出版社より』

講堂の基壇の大きさは南北18m、東西30.5mで、昭和26年の調査での数値より、東西が1mほど大きいことがわかりました。また、基壇そのものの位置が現在の復元位置より約2.5m南にあることがわかりました。

そして、講堂の基壇の外装は、本尊を安置した金堂と同じく板(木)であることがわかりました。基壇の外装に板を使用しているのが確実な国分寺・国分尼寺の事例は、遠江国分尼寺の金堂・講堂、三河(みかわ)国分寺(愛知県豊川市)の塔のみで、全国的にも類例が極めて少ないものです。

木製であるため長期間使用すると傷(いた)んできますが、今回の調査では、改修(かいしゅう)した痕跡(こんせき)も確認されています。 写真:講堂CG講堂CG(基壇が木であることがわかりました)

お坊さんの住まい「僧房(そうぼう)」を発見!

写真:僧房図 僧房は、修行中のお坊さんが寄宿した施設です。これまで遠江国分寺では、知られていませんでしたが、今回、講堂の北側で確認されました。基壇の大きさは、南北は版築の残存状況から13m以上あります。また、礎石の下にあった根石が南北に並んで3箇所見つかっており、南北4間(柱が5本)程度の建物と推定されます。

国分寺には、僧を20人置くことが定められていました。他の国分寺の事例から、20人分の部屋(区画)が東西に長く広がった施設であると推定されます。

みんなに話したい「わたしの好きな文化財」(10)

~大宝院廃寺~

写真:大宝院跡の石碑39号をご覧いただいたでしょうか。
本当は秘密にしたいのですが…私(佐口)がこだわっている文化財には『見付天神裸祭』のほか磐田最古の寺院である『大宝院廃寺』もあります。

今回は『大宝院廃寺』を紹介します。…「ここだけ」の話にしてください。
※大宝院廃寺は正式名称は「大宝院廃寺遺跡」と呼び、弥生時代から中世にかけての遺跡です。ここでは古代の寺院を中心とした記述とし、名称も「大宝院廃寺」としました。

まぼろしの古代寺院~大宝院廃寺~

大宝院廃寺は市内中泉(石原町)・天竜にある磐田最古、遠江最古の寺院です。平成2年に発掘調査によって「まぼろしの寺」の場所が確認されました。 昭和6年に刊行された『静岡県史』に「字大寳院址」から採集された古代の瓦が紹介され、古代寺院の存在が知られるようになりました。しかし、「大寳院」(たいほういん)を示す字(あざ)は実在せず、その位置についてははっきりせず、「まぼろしの寺」とも呼ばれていました。

古代寺院の証拠

私が参加した発掘調査では幢竿支柱(どうかんしちゅう)やせん仏、鴟尾(しび)・鬼瓦など建物の屋根を飾っていた瓦類が発見され、白鳳~平安時代にかけて営まれた静岡県内最古級の寺院の一つであることが確認されました。

写真:菩薩立像せん仏 サグチ…感激!…せん仏の発見

幢竿支柱にも驚かされましたが、思わず「手を合わせ」たくなるくらい感激したのは「せん仏」の発見でした。出土した遺物中に土がついた長方形の瓦がありました。これが「せん仏」だったのです。沢山の瓦の中に混じり、最初は四角く割れた瓦片だと思っていましたが、作業員さんが洗浄してみると仏さまの姿が浮かびあがってきました。その日の空の青さは不思議と今も覚えています。

左が三重県名張市夏見寺の「方形三尊せん仏」。右が大宝院廃寺の「菩薩立像せん仏」で漆も残り、当時は金箔を貼っていたと考えられます。夏見廃寺では694年の干支名が記されているものもがあることから、1,300年くらい前に作られたものであると言われています。

来世を祈る~せん仏~

せん仏は『仏さま』をかたどった飾りタイルで古代の寺院の建物の壁に付けられました。大宝院廃寺の「せん仏」は、三重県名張市夏見廃寺で出土している「方形三尊せん仏」の左脇侍を切り取ったもので、念侍仏として扱われたものであると考えられます。この「せん仏」には大宝院廃寺を造った人たちの祈りが込められているような気がしました。

そのほかにも

写真:樹齢 400年のヒノキ 旗や幡をつけた竿を立てるために、2本の柱を鳥居状に組みあわせた幢竿支柱が発見されています。柱は年輪(右)のパターンから推定の樹齢 400年のヒノキで、751年に伐採されたことがわかりました。国分寺に先行する寺院として、繁栄した様子が想像できます。

『竜洋町史通史編』の販売を開始します(3月17日午前9時~)

竜洋町史の第4冊目で、最終巻の『竜洋町史通史編』が完成し、3月17日より販売を開始します。本編は880ページで、古墳時代から平成の大合併までの旧竜洋町域の歴史をまとめました。市民の皆様からお寄せいただいた「附論(ふろん)・コラム」も加わって、興味深いものになっています。別編の「竜洋地域の自然」は100ページで、竜洋地域の身近な生き物がいっぱい掲載されています。

ぜひこの機会にお買い求めいただき、竜洋地域の歴史について理解と愛着を深めていただきたいと思います。定価は5,500円(税込)で、埋蔵文化財センター、地域史編さん室(竜洋支所2階)、なぎの木会館で販売します。

≪『竜洋町史通史編』本編目次≫

写真:竜洋町史

前近代編

  • 第一章 竜洋地域のあけぼの
  • 第二章 天竜川と荘園
  • 第三章 近世の掛塚湊
  • 第四章 近世の村と地域

近代編

  • 第一章 近代社会成立期の竜洋地域
  • 第二章 磐田郡掛塚町・袖浦村・十束村の成立
  • 第三章 町村行政の定着と社会的安定
  • 第四章 戦時動員の時代の竜洋
  • 第五章 戦後処理と戦後復興
  • 第六章 「竜洋町」の時代

コラム 「味噌たたき」 佐口節司

私たちの生活の中にはかけがえのない伝統文化があります。「味」もその一つで、故郷(ふるさと)を思い出すアイテムとして、私たちの体の中に、染み込んでいます。

文化財課職員「K」は妻の故郷(中国地方)の雑煮(ぞうに)に驚きました。雑煮に「餡子餅(あんこもち)」を入れるとか…彼は、大好きな餡子餅と雑煮のコラボレーションを理解できなかったそうです。雑煮に興味を持った彼が調べたところ、遠州の雑煮は「切り餅・白菜・醤油(しょうゆ)仕立て」が基本だそうです。

そう言えば私もお江戸で食した焼き餅の雑煮には驚きました。故郷の味と言えば、浜育ちの私がどうしても忘れられない味に「カツオの味噌(みそ)たたき」があります。私が知っている「カツオの味噌たたき」はネギ、ショウガ、シソなどの香草(こうそう)と味噌を混ぜながら包丁で細かく切り込み、ミンチ状にしたものでした。漁師衆から取れ立ての「まる」を貰うと、その夜は「おたたき」が食卓に上がりました。漁港があるこの地区では家毎に作られました。福田生れの氏の弁当のおかず、ピーマンの肉詰めには昨夜の「おたたき」が入っていたそうです。

「まる」はカツオより小型のマルソウダのことで、血合(ちあ)いが多いことから商品価値が少し落ちると言われています。この魚をおいしくいただくため、「おたたき」が生まれたのでしょうか。福田地区のスーパーではお惣菜(そうざい)として販売されているそうです。

編集後記

20年度の遠江国分寺跡発掘調査も終わり、国分寺のシンボルである塔の間取りが明らかになりました。21年度は南大門の調査に入ります。今度はどんな発見があるのか、現地説明会を楽しみにしていてください。(や)

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