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磐田文化財だより 第50号

旧赤松家記念館開館5周年特別企画展のお知らせ

平成16年の開館から、5周年を迎えた旧赤松家記念館では、9月13日まで特別企画展を開催しています。みなさまのお越しをお待ちしています。

「幕末オランダ留学生と赤松則良(あかまつのりよし)」

写真:幕末の留学生たち 幕末の留学生たち オランダにて撮影 沼津市明治資料館所蔵
前列左から沢太郎左衛門、肥田浜五郎、赤松則良、西周
後列左から伊東玄伯、林研海、榎本武揚、布施鉱吉郎、津田真道

幕末の貴重な写真を展示

幕末オランダ留学生とは、江戸時代末期、ヨーロッパの先進技術を習得するため江戸幕府よりオランダへ派遣された15名の武士・医者・職人のことです。彼らが留学先から持ち帰った知識は、数学・化学・法学・医学など多方面に及び、明治時代初期の日本を支える大きな力となりました。

後に磐田に居を構え磐田原の茶園開発に尽力した赤松男爵家初代当主・赤松則良も、オランダ留学生の一員としてヨーロッパへ渡った一人です。今回の企画展は、赤松則良の手記や写真をもとに、オランダ留学生のエピソードやその後の人生を紹介した展示を行っています。

写真:オランダ・アムステルダム1860年代 オランダ・アムステルダム 1860年代
出典:幕末オランダ留学生の研究
著者:宮永孝 なんで留学したの?

時は幕末。アメリカ・フランス・イギリスなど欧米列強との科学技術の格差を感じた幕府の首脳は、軍事・科学・医療技術発展のために留学生を派遣しました。

「海外留学」という言葉は現在でこそ聞き慣れているかもしれませんが、150年前の日本においては一大事でした。外国へ行くことを禁止されていた日本人にとって、外国で勉強することは、思いもよらないことであったでしょう。

赤松則良は、主に造船を学び、帰国後は造船の第一人者として軍艦やドックの建造に携わりました。

写真:開陽丸軍艦「開陽丸(かいようまる)」

留学に先立って幕府がオランダへ注文した軍艦です。留学生たちは、この船の建造監督もしていました。日本へ回航後、幕府海軍の旗艦として箱館戦争までを戦います。

留学生を外国へ派遣するのは幕府も初めての経験でした。そのため、派遣される人物については、厳しく選定が行われました。留学した15名の中には、こんな有名人もいました。

[榎本武揚]
留学中、国際法や軍事知識、船舶に関することを学び、帰国後、海軍副総裁となりました。幕府海軍を掌握し、幕府軍の生き残りを集めて箱館(函館)五稜郭に立てこもるが明治政府に降伏。後にその知識と経験を買われ、明治政府の重鎮として国を支えました。
[西周]
留学中は法律・経済学などを学び、オランダで学んだ知識を日本に広く紹介しました。「哲学」などをはじめとして、数多くの外国語を日本語に訳しました。徳川慶喜の政治顧問なども務めています。
旧赤松家記念館開館5周年特別企画展 幕末オランダ留学生と赤松則良

会期 平成21年4月18日(土)~9月13日(日)
休館日 月曜日または祝日の翌日
開場時間 午前9時~午後4時30分まで
会場 磐田市旧赤松家記念館 内蔵1F・2F
問合せ先 旧赤松家記念館 0538-36-0340

みんなに話したい「わたしの好きな文化財」(12)

~理系な(?)文化財「和算額(わさんがく)」医王寺(鎌田)ほか~

突然ですが、みなさんは算数が得意ですか?今回のこのコーナーは、いつもと少し違う雰囲気で、かつて理系少年だった谷野が和算額をご紹介します。

図:医王寺に奉納した額に書かれた問題 江戸時代からの挑戦状!

“直角三角形ABCがある。内に図のように線分BDを引き、両三角形にそれぞれ二等円を内接させたい。斜辺ABは線分BDより7cm長く、BCが8cmである時、線分BD、BA、CAの長さ、および円の直径は何cmか?”
これはもちろん高校入試の問題ではなく、江戸時代の安永8年(1779)3月に長江村(現在の鎌田)に住んでいた江塚平兵衛時之(へいべえときゆき)が医王寺に奉納した額に書かれた2つの問題のうち、1つを現代風に直したものです。みなさんはこの答えが分かるでしょうか?

出題者は、鎌田の“算盤(そろばん)さま”

江戸時代に日本で独自に発達した数学を和算といいます。なかでも関孝和(せきたかかず)(1642?~1708)は、円周率を小数第11位まで算出し、ヨーロッパで微分・積分法を確立したニュートンやライプニッツに先駆けて微分・積分法の直前までたどり着き、「算聖(さんせい)」とも称されました。

江塚平兵衛は、こうした関流の高度な和算を学び、長江村では“算盤さま”と呼ばれていたそうです。今でいえば“人間コンピュータ”といったところでしょうか?

写真:江塚平兵衛の奉納した和算額江塚平兵衛の奉納した和算額

墨が薄くなってしまって写真では分かりにくいですが、右側に上の問題と答えと算出方法が、左側には長方形の辺長を求める問題と答えと算出方法が書かれています。 一安心?答えも書かれています
額にはこの問題の答えとその算出方法も書かれている(漢文でですが…)ので、分からない方も大丈夫(?)です。

こうした額は、問題が解けたことを神仏に感謝し、ますます勉強することを祈願するために寺社に奉納されたといわれ、和算額といいます。
参拝客の多い寺社に額を掲げることで、難問を解くことができる自分をアピールする目的もあったのかもしれません。

市内に4枚もあります

この他、市内に江戸時代の和算額は、医王寺に安政3年(1856)3月に奉納されたもの1面、宣光寺(見付)に安永5年(1776)8月に奉納されたもの1面があり、これら3面は市の指定文化財となっています。また、鎌田神明宮には明治時代に奉納されたものもあるようです。

みなさんも三平方の定理(C2=A2+B2)など、中学・高校時代に習った三角形や円についての知識を思い出して、和算額の問題にチャレンジしてみてはいかがでしょうか?分からない場合、今度は漢文の知識の出番です。
ちなみに上の問題の答えは、BD=10cm、BA=17cm、CA=15cm、円の直径4cm、私も何とか解けました。

もっと知りたくなる、学びたくなる「遠江国分寺読本」

写真:遠江国分寺読本 『遠江国分寺』販売中!!

このたび、文化財課では遠江国分寺跡について解説した冊子を製作しました。遠江国分寺とは、奈良時代に聖武天皇の命令によって全国に造られたお寺の一つです。磐田市役所の北側の史跡公園がその跡地で、国の特別史跡になっています。

冊子では、国分寺誕生の背景やお寺ではどのようなことが行われていたのか等、遠江国分寺に関することをわかりやすく紹介しています。市内3箇所で販売していますので、歴史学習のガイドとしてぜひご利用ください。

販売価格 500円(税込)
冊子の構成:24ページフルカラーA4版
販売場所 文化財課(埋蔵文化財センター内) 見付3678-1
TEL.32-9699(土・日・国民の休日休館) 旧見付学校 見付2452
TEL.32-4511(土・日・国民の休日休館) 歴史文書館 岡729-1
TEL.66-9112(土・日・国民の休日休館)

コラム 塔 安藤寛

写真:醍醐寺の五重の塔醍醐寺の五重の塔

昨年度、遠江国分寺の塔跡を発掘したことから、お寺の塔をいくつか見てきました。奈良の法隆寺(飛鳥時代)や興福寺(室町時代)、京都の醍醐寺(平安時代)や東寺(江戸時代)などです。東寺はお正月に内部を公開していて、塔の中心にある心柱(しんばしら)やその周りにある四天柱(してんちゅう)を見ることができました。塔は年月が経つと全体が乾燥して縮むのに対して心柱は縮まないため、東寺の心柱は下端ちかくを50cmほど切り短くしています。

ところで、山梨県の身延山久遠寺では高さ39mの江戸時代の五重の塔が最近復元されました。こうした現存しない建物を復元する場合にも、現在の建築基準法が適用されます。このため、古代的な工法を多く用いてはいますが、補強の金物を使っているほか、基礎には鉄筋コンクリートが使われ、直径1.1mの杭4本を地下18mまで入れています。塔は地震には強い建物といわれますが、大地震に耐えるための古代と現代の技術の融合といえるかもしれません。

編集後記

新しく「向笠西原古墳群発掘調査報告書」(500円)「加茂東原I遺跡発掘調査報告書―第6次調査II―」「堂山3号墳発掘調査報告書(1,000円)が発売されました。購入を希望される方は、埋蔵文化財センターまでお問い合わせください(や)

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