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磐田文化財だより 第62号

見たい、知りたい、話したい

私たちの文化財2010
文化財課は「好奇心」を応援します

七重塔の基壇を剥ぎ取った標本

埋蔵文化財センターの展示に仲間が加わりました

遠江国分寺の七重塔の基壇を剥ぎ取った標本が加わりました。 平成18年から進めている特別史跡「遠江国分寺跡」の発掘調査では、七重塔など主要な建物の土台(基壇)が「木装基壇」であることが、全国の古代寺院で初めてわかりました(文化財だより58号参照)。

この貴重な木装基壇の様子を残すため、七重塔と金堂の基壇を標本として剥ぎ取りました。このうち七重塔の標本を埋蔵文化財センターで展示しています。七重塔の基壇は、2mの高さに土を積み固めたもので、周囲を木の板で覆っていた跡が観察できます。塔を支えていた土台に、古代の技術と職人たちの息遣いが見えてきます。

一度、1200年前の土木技術を見に埋蔵文化財センターへ立ち寄って下さい。

文化財課は…いろいろしています

写真:地図 見学可能時間8:30~17:00
(土・日曜、国民の祝日、年末年始は休み)

文化財課は昭和62年の埋蔵文化財センターの開所とともに発足し、平成の時を歩んできました。今回は2010年度(平成22年度)を迎えた文化財課の仕事の一部を紹介します。

文化財課は冒頭で紹介した埋蔵文化財センターや旧見付学校、旧赤松家記念館、歴史文書館の運営や、銚子塚古墳などの史跡の管理、埋蔵文化財、民具、民俗資料及び歴史資料の調査・保存・収集を行っています。

ようするに磐田の歴史、先人が残しためちゃんこ一杯の磐田の宝を、未来に伝えるため頑張っているのです。

発掘してみれば…かも

写真:平成21年度の遠江国分寺の発掘調査 平成21年度の遠江国分寺の発掘調査

市内には900以上の遺跡が存在しています。工事などで遺跡が壊されてしまう場合、発掘調査を行います。平成22年度は、中原(なかはら)A古墳群(向笠(むかさ)地区)や御殿(ごてん)・二之宮(にのみや)遺跡などの発掘調査を行います。

土に埋もれた遺跡には、何が眠っているかわかりません。発掘して初めて内容がわかることから、ひょっとしたら、あっと驚く発見があるかも知れません。その様子は文化財だよりで報告します。また、発掘している現場を見つけたら、お気軽に声をおかけください。

知って、得して、おいしい企画展

旧見付学校や旧赤松家記念館などの施設で企画展示を行います。現在、歴史文書館では企画展「公文書にみる戦争と磐田」(文化財だより61号)を開催しています。夏季には中央図書館(展示室)で、冬季には豊田図書館(展示室)で故郷の歴史や遺産を題材とした企画展を開催します。今はちょっと秘密にしておきますが、あらためてご案内します。楽しみにしていてください。

伺います、復活します、

写真:平成17年度の文化財ウォーク 平成17年度の文化財ウォーク

文化財課では地区で行われる講座などに講師を派遣しています。聞いて楽しい文化財や、秘密にしておきたい歴史の話を文化財課職員が紹介します。希望される団体は文化財課にご相談ください。

また、好評だった文化財ウォークを復活し、皆さんと一緒に磐田市内を歩きます。詳細は文化財だよりに掲載します。

みんなに話したい「わたしの好きな文化財」(24)

~秋葉山常夜灯(あきはさんじょうやとう)~

今回、佐藤が紹介させていただくのは、秋葉山常夜灯です。常夜灯を木製の「鞘堂(さやどう)」で覆う龍燈には、名工たちの技が見られます。私はこの常夜灯の魅力にとりつかれています。

掛塚屋台にそのルーツあり

写真:立川流の特長である木目を生かした「波」の彫刻(野崎の秋葉山常夜灯鞘堂)立川流の特長である木目を生かした「波」の彫刻
(野崎の秋葉山常夜灯 鞘堂)

各地に立てられた秋葉山常夜灯(秋葉灯篭)は、秋葉山のお札をいただき、明かりをともして人々に防火を呼びかけたものです。今回ご紹介する秋葉山常夜灯は、地元の宮大工が製作した野崎と高木の秋葉山常夜灯で、市文化財に指定されています。

野崎の秋葉山常夜灯は、白羽神社の建築にも携わった石川正作によって明治4年(1871)に製作されました。彫り物は、掛塚本町屋台の製作にも携わった小栗岩十の手になるもので、細部に江戸時代後半に寺社建築の主流となった立川流の特徴もうかがえます。

高木の秋葉山常夜灯は、曾布川藤次郎の手により、明治元年(1868)9月に製作されました。名工として知られた藤次郎は、千人以上の弟子がおり、浜松市南区東町の本光寺に顕彰碑が建っています。この碑によれば、22歳で江戸城普請世話役を務め、旧水窪町(浜松市天竜区)の山住神社や旧春野町(同)の王子製紙工場などの大規模な建築事業に携わりました。

この二つの常夜灯は、製作年代が特に古いわけではありませんが、鞘堂に施したすばらしい彫り物と、美しいいでたちが魅力なのです。当時の大工衆の見事な腕前を見る思いがします。

地区の中心に建つ?

写真:明治時代の野崎周辺(矢印が常夜灯の位置) 明治時代の野崎周辺(矢印が常夜灯の位置)

磐田市内には、この他にも市指定文化財になっている福田地区の三番組秋葉山常夜灯など、たくさんの秋葉山常夜灯が残っています。

秋葉山常夜灯の建っている場所を見ると、「どうしてここに?」と思うような細い道沿いにあったりします。実はこの細い道が、以前は重要な地域の道であったことによります。

明治時代の地図では、野崎の秋葉山常夜灯が掛塚と中泉をつなぐ重要な生活道路に面して建っていたことがわかります。秋葉山常夜灯を見て、昔をしのぶのもいいですね。

新企画市内の石造物を訪ねて(上)六地蔵(ろくじぞう)

写真:福生寺(西平松)1781年 写真(1)福生寺(西平松)1781年

石造物と言うと、みなさんが思い描くのはお寺や道端で見かける石仏でしょう。このほか、鳥居、灯籠、狛犬、墓石などの石塔、道標、記念碑など石を加工したさまざまな造形物があります。これらは石造文化財とも呼んでいます。今月号から身近な石造物を紹介し、みなさんに関心をもっていただき、後世に伝えることを願い企画しました。

第1回目は、みなさんが訪れるお寺などで見かける石仏、六地蔵について紹介します。六地蔵とは、仏教の「六道思想」からきたもので、すべての生き物は生前の行為により六つの世界(道)に行き着くという考えによるものです。六つの世界とは地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道をいいます。

写真:實際寺(鮫島)1670年 写真(2)實際寺(鮫島)1670年

ここで登場するのがお地蔵様です。六体のお地蔵様はそれぞれがこの六つの世界で迷い苦しむ死者を救済し、浄土(天国)に送り届けてくれると言われています。「地獄に仏」とはこのお地蔵様のことなのです。

六地蔵がお寺の入り口にあるのは、生者と死者の世界の境界に立ち、あの世に旅立つ人への安らぎを与え、救いの手を差し延べるとともに、死者が迷わないように見守ってくれるためだと言われます。また故人に持たせる「六文銭」やお供えものの「六つ団子」などもこの信仰からきたものだと言われています。

さて、通常、石仏は加工し易い砂岩、凝灰岩などの堆積岩を使用しますが、風雨にさらされると劣化し易いという欠点があります。

このため写真(1)のように祠を作り劣化を防ぐ工夫がされています。 鮫島の實際寺の六地蔵(写真(2)・(3))は一石で三体を彫り込んでおり、しかも硬い東伊豆産の安山岩で造っている珍しい石仏です。硬い石材を見事にかたどった仏像ですが、なぜか柔らかさを感じます。

写真:仏像になぜか柔らかさを感じる 写真(3)仏像になぜか柔らかさを感じる
(写真(2)の拡大)

今まで何気なく見てきた石造物ですが、関心を持つことで視点が変わり、職人の高度な技を知ることができます。そして、石仏への人々の想いが伝わってくるのです。

編集後記

今月号は全3回に渡り、シリーズ新企画として「市内の石造物を訪ねて」の第1回目を掲載いたしましたがいかがだったでしょうか? 次回、第2回は8月号に掲載を予定していますので、こちらもどうぞお楽しみに!

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