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磐田文化財だより 第70号

磐田市歴史文書館 今年で3年目を迎えます!!

開館3周年

写真:磐田市歴史文書館磐田市歴史文書館の外観(竜洋支所)

磐田市歴史文書館は、平成20年4月に県内では初めて、全国で52番目の「公文書館法」に基づく公文書館として開館しました。
現在、地方自治体の公文書館は、30の都道府県、7の政令指定都市、17の市町村に計54館が置かれています。全国の自治体数は1,797(平成22年3月末現在)ですから、設置率はわずか3%に過ぎません。
しかし、今年4月には「公文書等の管理に関する法律(公文書管理法)」が制定されます。

写真:現在開催中の「企画展」の様子現在開催中の「企画展」の様子(1月28日まで)

今後、公文書等の管理方法が整えられ、公文書館が今よりも増えていくことでしょう。
公文書館は通常開設まで10年の準備期間が必要だといわれています。当館は合併後3年での開館であったため、他の公文書館の先進事例を参考に試行錯誤を繰り返し、また研修を重ね業務にあたっています。
今回は、当館が行っている仕事の一部を紹介します。これを機会に、みなさまに当館の役割をより理解していただければ幸いです。

1.公文書館とは?

昭和62年に『公文書館法』が公布・制定されました。これにより公文書館では、歴史資料として重要な公文書等の①保存②活用や研究が求められることとなりました。
「公文書等」とは、国や地方が保管する公文書やその他の記録(古文書など)を指します。たとえば、市役所では事業を計画し、それが完成するまでの間、さまざまな書類を作成します。そのうち、事業の起因、契約、完成、成果などに係る書類は重要なもので、将来保存すべき「歴史公文書」とみなされます。

2.歴史資料の保管と保存

写真:当館で使用している中性紙の封筒当館で使用している中性紙の封筒
写真:保管状況保管状況
(箱は中性紙のダンボール箱を使用)
写真:酸性紙の劣化酸性紙の劣化
(東京都立図書館HPより)
写真:フィルムの劣化フィルムの劣化
((株)ロジックファクトリーHPより)

保存しなければならないと定められた年数を経過した公文書は、市役所から当館に移管され、将来に残す必要があると評価された公文書が保管・保存されます。

また、収集・寄贈された古文書や映像フィルム、録音テープ、写真なども歴史資料として保管・保存します。

これらを永く保存するためには、常に保存方法に気をつけなければなりません。

和紙の場合、「劣化」は、ほぼ見られませんが、明治時代から昭和30年代はじめまでに使用された「酸性紙」は50年~100年でかなりの劣化が進み、このままでは薄板を折るようにボロボロと崩れてしまいます。しかし、中性紙の封筒やダンボール箱に入れて保存すれば、酸性紙が中和され3倍以上延命させることができます。

また、昭和25~60年頃までのフィルム(TACベースフィルム)も酸性素材のため、劣化が進み酸っぱい臭いがすると、使用不能となるようです。

これは保存環境が悪いと起こるビネガー・シンドローム〈加水分解現象〉と呼ばれる現象で、フィルムは最後にはしわくちゃになってしまいます。

当館では写真と共にフィルムの点検も行い、将来に備えデジタル変換を行なっています。

貴重な写真、フィルムはデジタル変換し保存しておくことが安全なようです。(みなさんもご自宅の写真、フィルムの点検をしてみてはいかかですか!)

この他、古文書についてもデジタル撮影を行い、原本は保存、閲覧ではデジタル写真をご覧いただけるよう準備を行っています。ゆくゆくは資料がデジタル化されインターネット配信などを利用しての情報の共有化が出来れば良いと思っています。

みんなに話したい「わたしの好きな文化財」(32)

西の谷遺跡出土銅鐸
「イワタの埋蔵文化財で一番有名なモノは?」と聞かれたら、皆さんは何と答えますか?遠江国分寺跡や堂山古墳出土の鞆形埴輪などがあがりそうですね。今回は、私、渡邊が一押しの銅鐸をご紹介します。

銅鐸って何?

写真:敷地川橋から北西方向をのぞむ敷地川橋から北西方向をのぞむ
《矢印部分が銅鐸出土地(西の谷遺跡)》

銅鐸とは、約2,000年前の弥生時代のマツリで使われた釣鐘の形をした青銅(せいどう)器のことです。子供たちには、ドータクン(ポケモンのキャラクター)として馴染みが深いかもしれません。
市内では、天竜浜名湖鉄道の敷地駅より約400m西側に行った丘陵で、明治23年(1890)にヤマイモ掘りの際に2口、平成12年に新東名高速道路の建設に伴う(財)静岡県埋蔵文化財調査研究所による発掘調査で1口が見つかっています(西の谷遺跡)。
銅鐸は、近畿や山陰などで見つかることが多く、これらは全体が丸ごと見つかったものとしては最も東のものです。文化の先進地であった西日本の影響はこの地域まで及んでいたようです。

レプリカ(複製品)とは言え…!

写真:レプリカの銅鐸レプリカの銅鐸(○印部分が鈕)

埋蔵文化財センターでは、明治時代に見つかった銅鐸のうちの一口(東京国立博物館所蔵)のレプリカを展示しています。高さ約68.5cmと大きく、ドッシリとした質感から、センターの顔として入口に置かれています。反面、全体に鋳出された繊細な模様や素朴な鳥の紋様は穏やかな感性を表現し、剛と柔の両方の性格を見せてくれます。
出現当初の銅鐸は小型で、実際に音を鳴らしていましたが、時代を経るに従って大型化し、見るための祭器となりました。市内出土の銅鐸は全て大型で鈕吊り手部分)が薄いため、置いて信仰の対象とされたと思われます。当時はピカピカに輝いていて、より存在感があったことでしょう。

ナゾがいっぱい!?

写真:西の谷遺跡位置西の谷遺跡位置(太破線・新東名)

この時代に大陸から伝わった米作りの豊作を願うマツリに使われたとされる銅鐸ですが、どこで造られたのかなど、はっきりとは分かっていないことがたくさんあります。また、当時のムラから離れたところから出土することが多いため、今後も意外なところから発見されるかもしれません。
見つかったら大ニュースになることでしょう。個人的には、こうしたミステリアスなところも、想像力をかきたててくれて面白いと思っています。

小さな博物館(1月~3月)「引札」

市役所1F市民ホールの「小さな博物館」の展示品が1月から変わります。

写真:福田・糀屋商店の引き札福田・糀屋商店の引き札

市役所本庁舎・市民ホール内の展示「小さな博物館」では、1~3月にかけて「引札」を展示します。
引札は、今で言う商店の広告であり、人々の注目を集めようと美しい絵が描かれているのが特色です。
また、暦や縁起のよい方位などの入った実用的な引き札も、年末年始に得意先などに配られました。
江戸時代~昭和の戦前期まで使用されましたが、残っているものが少なく、今では貴重な資料ですので、この機会にぜひご覧ください。

コラム「ふるさと歴史たんけん隊」 角 英一郎

平成22年度ふるさと歴史たんけん隊は市内の小学校5・6年生を対象に全6回の活動を通して、磐田の歴史や文化財に触れることを目的に、25名の子供たちで昨年7月に結成されました。
たんけん隊では実際の発掘現場(御殿・二之宮遺跡)での発掘体験や、自分だけのオリジナルの勾玉や土器作り、そのほか、国分寺跡などの市内(中泉地区)文化財をめぐり、その歴史などについて学ぶ活動を行い、先月12月に全活動を終了しました。隊員たちは文化財あふれるふるさと磐田で普段では出来ない貴重な体験をしました。
今年も新たに「ふるさと歴史たんけん隊」を結成する予定です。今年の4月に小学5・6年生になる皆さん!隊員になって磐田の歴史や文化財を再発見してみませんか?
【詳しくは文化財だより6月号・広報いわた6月号に掲載します。】

ふるさと歴史たんけん隊

編集後記

新年あけましておめでとうございます。本年も多くの皆様にご愛読いただけるよう、また魅力ある紙面になるよう、磐田市の文化財情報を発信していきたいと思います。本年もよろしくお願いいたします。

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