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磐田文化財だより 第71号

遠江歴史文化ネットワーク共催テーマ展「遠江のやきもの」
~見付で使われたやきもの~

2月5日(土)~20日(日)の間、遠江歴史文化ネットワークとの共催で遠江地域の古窯製品を多数展示します。吉名(浜松)・初山(浜松)・皿山(菊川)・上志戸呂(島田)・ほろん沢(島田)の古い窯跡からみつかった遺物は、普段は磐田市内では見られないやきものですのでぜひ御覧下さい!

写真:遠江のやきもの

とき 平成23年2月5日(土)~2月20日(日)
場所 豊田図書館展示室
時間 9:30~17:30
休館日 月曜日(2月7日、14日)
連絡先 磐田市教育委員会文化財課
TEL.0538-32-9699(埋蔵文化財センター)

遠江歴史文化ネットワーク!

遠江歴史文化ネットワークとは、かつての遠江国(静岡県西部地方)に位置する、島田市、川根本町、吉田町、御前崎市、牧之原市、菊川市、森町、掛川市、袋井市、湖西市、浜松市、磐田市の、博物館と文化財の担当課によるネットワークです。平成22年に浜松市博物館にて同ネットワークの共催による展示が行われましたが、磐田市では遠江のやきものの一大消費地である市内「見付」にも焦点を当て紹介していきます。

政治・経済の中心地見付!

写真:宿場町見付のようす(見付宿絵図)宿場町見付のようす(見付宿絵図)

見付は遠江の政治経済の中心地でした。
今から約800年前の平安時代後期、見付には、国の行政機関「国府」が置かれ、遠江を治める国の役所として機能していました。政治的に重要な土地であり、また、県西部地方の水陸の道をつなぐ交通の要衝として人や物が行き交う賑やかな場所でした。
その後も、中世には守護所が置かれ、近世には宿場町として賑わい、政治や経済の重要な地点として栄えました。

こんなものも展示します!

写真:やきもの出土例やきもの出土例(見性寺遺跡:見付地内)

遠江における物資の一大消費地であった見付では様々なやきものが使われていました。
それを示す見付の国府跡(見付端城遺跡)などから発掘調査で出土した須恵器・灰釉陶器、瀬戸・美濃焼、渥美焼、常滑製品や中国製陶磁器などの遺物を展示します。
これらの出土したやきものは貴族の使用した高級品や役所で使用したもの、生活雑器、茶の湯の道具など様々な用途・種類があります。

みんなに話したい「わたしの好きな文化財」(33)

アイデア倒れ?人力刈取り機
日本には“稲穂の実る豊かな国”ということで「瑞穂(みずほ)の国」という別名があります。今回、サラリーマンの息子で稲作未経験の谷野が、季節外れであるにもかかわらず、ある稲刈り道具をご紹介します。

これは何?

写真:謎の民具謎の民具:ちなみに私がまず連想したのは、通販でおなじみの高枝切りバサミです

文化財とは発掘を行って土の中から見つかったもの、という印象が大きいかもしれません。しかし、農具など人々が日々の生活の中で使ってきた比較的新しい道具も、「民具」といって、使われた当時の様子を今に伝える貴重な文化財です。
この“新しい文化財”を整理するのも、私の仕事の一つですが、ある時、資料倉庫の片隅で長さ1.4メートルくらいの、こんな不思議な民具(右写真)を見つけました。
皆さんは何の道具かお分かりでしょうか?

画期的な発明!?

写真:刃の部分(拡大)刃の部分(拡大)手元のレバーを握ると、右側の補助鎌が動くワクワクするギミック(仕掛け)ですが…

実はこれ、押刈り式人力刈取機といって、それまで屈んだ苦しい姿勢で鎌を使って行わなければならなかった稲刈りを立ったまま行うことができる画期的な機械のようです。
もともとは、太平洋戦争中の農村の労働力不足を解決するため、刈取り機の懸賞応募を行った際に入選したものが原型のようで、戦後に、更に改良が加えられました。
両手で柄を持ち、V字型の刃を前面に推し進めると、稲は根元から押し切られて束状になり、刈り残った稲も、手元のレバーを握ると動く補助鎌で刈取られるというスグレモノのようです。

アイデア倒れ?

写真:プレート人力刈取り機に取り付けられたプレート数々の特許番号などが誇らしげ?に刻まれています

画期的な発明だったということですが、いろいろ調べると、ある疑惑が生じてきます。まず、持つと重量が重く、補助鎌の使い勝手も悪そうです。また、刈取って束状に置くことができても、当時は乾燥のため稲を縄などで縛る必要があり、結局屈んで作業を行わなければなりませんでした。磐田市に残る人力刈取り機には、あまり使われた形跡がありません。
人力刈取り機は、バインダ(≒刈取り結束機)の普及という更なる機械化の波に呑まれて急速に姿を消し、登場から20年もたたずに昭和38年(1963)頃には見ることができなくなったようです。
はたして実用的な機械だったのでしょうか?

求む情報!!

現在、稲刈りは大型のコンバインによって行われています。また、昔の稲刈りといえば、鎌を使用してのものをイメージする方がほとんどではないでしょうか?
この2つの間には、忘れられかけた人力刈取り機での稲刈りがあったと考えると、とても興味をそそられます。当時を知る方の情報提供をお待ちしています。

歴史文書館展示改革・・・始動!!

磐田市歴史文書館では、開館以来、企画展から企画展の間に「準備期間」として展示の空白期間がありました。そこで歴史文書館の役割をより理解していただくため、今年からこの期間には『公文書館(こうぶんしょかん)ってなんだろう?』をテーマにした展示(平常展)を行なうことにいたしました。
平常展は今月16日より開始します。夏の企画展までの間、前号の文化財だよりで紹介した内容(歴史資料の保管・保存など)をより詳しく知ることができる展示を行っています。ぜひご来館ください。

写真:古文書※古文書をお持ちの方はご相談ください

~お知らせ~
歴史文書館では市内の歴史を語る「古文書」を収集しています。みなさまのお宅、または自治会等でお持ちの古文書がありましたら、ぜひ、声をお掛けください。磐田市の歴史の1ページが増えるかもしれません。
お問合せ先:磐田市歴史文書館
磐田市岡729-1 TEL.66-9112

コラム『県内の特別史跡を訪ねて』 冨永和寛

私は、昨年4月に文化財課へ異動となり、遠江国分寺跡の調査に携わりました。特別史跡(国宝に相当)は、県内に3箇所しかないと知り、他の2箇所を訪ねてみました。
登呂遺跡は、昨年、博物館がリニューアルされ、家族連れなどでにぎわっていました。新居関跡には関所建物、護岸石垣等のほかに資料館が併設されていました。
一方、遠江国分寺跡は、資料館、建造物等の、“目に見える”ものはほとんどなく、インパクトに欠けます。しかし、他の2つと比べ全く異なる点があります。それは、聖武天皇の詔(みことのり)により、遠江の政治・経済の中心地であった磐田に、莫大な資金・労力を掛け建立された壮大な建造物であったことです。私は、この場所が平和への“祈りの地”でもあった事を想像します。
本年度、調査に携わったことにご縁を感じ、感謝の思いがあります。今後もこの“宝”を磨きだして、皆様にお伝えしていきたいと考えています。

県内の特別史跡

編集後記

紙面冒頭でご紹介しましたが、今月5日(土)より豊田図書館にて冬の企画展が始まります。併せて、歴史文書館でも新たに展示(平常展)を行ないます。多くの皆様のご来場、ご来館をお待ち致しております。

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