磐田のみどころ

磐田市役所 ホーム > 磐田のみどころ > 文化財 > 磐田文化財だより 第77号

磐田文化財だより 第77号

(平成23年8月1日発行)

歴史の街見付を歩こう!

見付地区には現存する国史跡である旧見付学校があり、また近くには明治のかおり漂う赤松則良男爵の邸宅跡、旧赤松家もあります。夏休みに見付の街に出掛けてみませんか?埋蔵文化財センター(文化財課、見付にあります)では大昔の土器や石器等の貴重な文化財を展示しています。全て入場無料です。

写真:歴史の街見付を歩こう!
見付の街にでかけよう!
旧見付学校では、毎年夏に小学生を対象に絣の着物を着て明治時代の遊びや授業を体験する「むかしの授業体験」が行われます。(今年は7/28,8/3,8/18)
また、中央図書館では文化財課企画展「古代の寺~遠江国分寺から岩室へ~」(8/28まで、ただし月曜日と8/26を除く)を開催しています。
耳より情報!
写真:記念品の特製クリアケース記念品の特製クリアケース
ただ今文化財課ではスタンプラリーを開催中!
①旧見付学校
②旧赤松家館記
③文化財課企画展(中央図書館)
④埋蔵文化財センター
の内3か所以上でスタンプを集めると素敵な記念品がもらえるよ!(8/28まで)
さらに追加情報!
磐田市歴史文書館(竜洋支所2階)では開館3周年記念企画展として、「江戸幕府の成立期の直轄領支配と中泉代官~江姫たちの戦国時代から代官頭伊奈忠次の時代を見る~」を開催中です。(8/31まで)
詳しくは4ページをご覧ください。

今年の裸祭は9月3日だ!

国の重要無形民俗文化財に指定されている見付天神裸祭は9月3日・4日に行われます。裸祭は旧暦の8月10日(現在は直前の土・日曜日)に行われる矢奈比売神社(通称「見付天神」)の大祭で、腰蓑を着けた裸姿の男達が、矢奈比売神社の拝殿や町中で乱舞することから「はだか祭」と呼ばれています。

実は…1週間前から始まるんですヨ

写真:江戸時代の裸祭江戸時代の裸祭

見付天神裸祭の一連の神事・祭事は、大祭の一週間前から始まります。8月28日には見付天神の旧跡と言われる元宮天神社で「祭事始」が、夜10時には「御斯葉おろし」が行われます。「御斯葉おろし」は見付地内17か所に榊が立てられ町を清めます。8月31日に裸祭に参加する氏子が福田海岸で体を清める「浜垢離」、9月2日に神社の境内を清める「御池の清祓い」と続き“大祭”が行われます。

帰らないで下さい…クライマックスは24時30分

写真:鬼踊りの様子鬼踊りの様子

祭の見所は、裸の練りと神輿の渡御が行われる大祭初日の午後9時~翌日の午前1時までの時間です。旧東海道を練り歩いた腰蓑姿の男達が、午後10頃から矢奈比売神社に集団となって駆け込み、「鬼踊り」と呼ばれる男達の激しい練りが繰り広げられます。深夜24時30分頃、灯火が消され、漆黒の闇の中、矢奈比売神社の祭神が、遠江国の総社である淡海国玉神社へ渡御することになります。

見ると楽しい 参加しても面白い

大祭日だけではなく、浜垢離などの神事・祭事にも伝統が息づいています。裸祭には千年の歴史を感じることができます。一度、ふんどし姿で参加し、体感することも面白いかも…

8月28日(日) 祭事始 15:00 祭事始(元宮天神社)
御斯葉おろし 22:00 地区内の道清め
8月31日(水) 浜垢離 10:00 心身の潔斎
9月2日(金) 御池の清祓 20:00 境内の潔斎
9月3日(土) 御大祭 18:00 子供連
21:00 大人連(宵祭)
23:00~ 各集団神社着
24:00 〆切神社着
24:30 神輿渡御
9月4日(日)   17:00 神輿還御(御神幸)
詳しいことは

見付天神裸祭の詳しいことは『見付天神裸祭ガイドブック』
(裸祭保存会編連絡先事務局[福代]32-2349)をご覧ください。

ふるさと磐田の指定文化財(2)松井氏首塚と社山城

今回は、豊岡地区に残る戦国時代の名残として、「松井氏首塚と供養塔」と社山城跡(共に市指定史跡)をご紹介します。

今川義元の家臣・松井宗信

写真:五輪塔(右)と宝篋印塔五輪塔(右)と宝篋印塔

天竜浜名湖鉄道上野部駅の北東約800mのところに天竜院というお寺があります。450年程前に豊岡地区のほぼ全域を支配していた松井氏の菩提寺で、織田信長が今川義元を破った桶狭間の戦いで戦死した松井宗信の首がそこに持ち帰られた、と伝わっています。松井氏は今川氏代々の家臣で、宗信は遠州北部への玄関口である二俣城主を任されるほどの人物でした。信長が義元を急襲した際には、200名を率いて部隊が全滅するほど奮戦したと言われています。現在は、本堂西側の墓地の一画に、※五輪塔と宝篋印塔各1基が残されています。
※五輪塔と宝篋印塔は、どちらも供養のためにたてられた塔

遺構が良好に残る山城

社山城は、豊岡南小学校から東に500m程いったところにあります。標高130mあたりに築かれており、曲輪(本丸・二の丸等の城内の小区画)や堀切、土塁などの遺構が良好な状態で残っています。16世紀初頭には斯波氏と今川氏の争いの場となり、後に今川氏の支配下に置かれました。今川氏の下では、松井氏に預けられていたようです。上述のように今川氏が織田氏に敗れると徳川家康のものとなり、元亀3(1572)年の武田信玄の遠江侵入以後、両者による抗争の場となりました。そうした中で、城は何度も改修されたようです。まさに乱世の世を象徴する遺跡と言えるでしょう。
このように、豊岡地区には戦国時代の豊かな歴史が残されています。皆さんも郷土のドラマチックな歴史を調べてみませんか。

写真:西側の平地から見た社山城跡

西側の平地から見た社山城跡

写真:現在も残る土塁

現在も残る土塁

歴史文書館企画展
江戸幕府の成立期の直轄領支配と中泉代官 開催中

幕府領統治の要・代官所

写真:企画展の様子企画展の様子

磐田市歴史文書館(磐田市竜洋支所2階)では、8月31日(水)まで、第7回企画展「江戸幕府の成立期の直轄領支配と中泉代官」を開催中です。
徳川秀忠正室「江」が生きた時代の磐田市に関係する文書・なかなか見ることができない伊奈忠次判物や徳川家七カ条定書、秀吉禁制などを原物展示しています。

手作りコースター差し上げています

写真:手作りコースター手作りコースター

今回の企画展では、来場いただいた方に、手作りコースターを差し上げています。磐田の特産品・コーデュロイを天龍社織物工業協同組合様から提供いただき、歴史文書館職員が一つひとつ心を込めて手作りしました。限定300枚限り、無くなり次第終了です。この愛らしい手作りコースターを、ぜひ、手に入れてください。

福田町史編さんだより
地区の古文書も、地域全体の歴史の一コマです

写真:明治の年賀状①明治の年賀状

書簡(手紙)は、人々の交流の様子が記録されたものですからこれを読み解くことによって、人々の思いも伝わってきます。今は、簡単に電子メールや電話で用件を伝えられる代わりに、削除も簡単にできますから、記録としては残りにくいものです。だからこそ、今残っている手紙、戦争中の軍事郵便、巻紙の書簡などは大変貴重な史料と言えます。今回紹介する2つの史料は、福田町史編さん事業で出会った地区に残る大切な古文書です。

写真①はあるお宅に残っていた年賀状で、明治39(1906)年の正月に出されたものです。明治20(1887)年頃から、年末年始の行事として定着したとされますが、この地域にも年賀状を出す習慣があったのです。

写真:御届書(桜田門外の変 安政7(1860)年3月)②御届書(桜田門外の変 安政7(1860)年3月)

写真②は、幕末の一大事「桜田門外の変」についての報告書です。地方にとっても、桜田門外の変は大きな出来事だったことでしょう。

みなさまのお宅にも、古い手紙などが残っていましたら、大事に残されることをお勧めします。これからも、福田町史編さん事業の成果を市民のみなさまにお伝えしていきます。

編集後記

歴史文書館企画展、福田町史編さんだよりについては、磐田市歴史文書館にお気軽にお問合せください。

ページの先頭へ

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの構成について、ご意見・ご要望などがありましたら下記に入力してください。
入力内容への個別の回答はできかねますのでご了承ください。

このアンケートフォームは、磐田市ホームページに関するご意見をお聞かせいただくものです。
市政に対するご意見、お問い合わせなどはこちらへお寄せください。ご意見・お問い合わせ