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磐田文化財だより 第81号

(平成23年12月1日発行)

開催します!!歴史文書館 第8回企画展
磐南(ばんなん)を思う ~高橋福雄コレクションから~

磐田市歴史文書館では、平成24年1月4日(水)から2月29日(水)まで磐南地域の文化振興に情熱をささげた元新聞記者、高橋福雄氏の収集した資料を『磐南を思う』と題して展示します。

写真:磐南タイムス

約30年ほど前の昭和57年1月、『磐南タイムス』というミニコミ郷土新聞が創刊され、人々に、郷土の歴史に改めて目を向けるきっかけを与えてくれました。その編集、発行にかかわってきた方が、福島県出身の高橋福雄氏です。株式会社中日新聞磐田通信局長として着任して以来、磐南地域の豊かな自然や魅力ある文化を多くの人に伝えてきました。また、取材を通して、地域の歴史的遺産が大切であることを感じ、地域史の研究にも熱心であり、郷土史を研究する磐南文化協会の設立などにも尽力しました。新聞社を退職したのち、「磐南タイムス社(=遠州文化センター)」を立ち上げ、出版や文化事業を通じて、磐南の身近な話題や情報を提供するなど、多くの方々に親しまれました。
高橋氏は昭和62年に亡くなられましたが、その収集された膨大な資料は、「ぜひ後世に残し、活用してほしい」として、ご遺族から磐田市(当時、市立図書館)に寄贈されました。
企画展では、郷土の歴史を後世に大切に残そうとした高橋氏の活動を紹介します。

[展示資料より]
写真:中泉の夜店のちらし

中泉の夜店のちらし

写真:磐田駅周辺の映画館の広告

磐田駅周辺の映画館の広告

写真:美しい絵が特色の引札(昔のちらし)

美しい絵が特色の引札(昔のちらし)

収集された広告から、昔(戦前)の磐田の様子がわかります

写真:収集された広告
写真:収集された広告

高橋氏が収集した郷土資料は、明治時代以降のもので大変貴重なものです。
明治から大正・昭和という時代を経て今の平成という時代がある事を忘れてはいけないと、その資料収集活動は私たちに教えてくれています。

主な展示物

少し昔の磐田の出来事や様子がわかります。ぜひ見に来てください!

新聞、書籍等の資料
  • 磐南タイムス:創刊号(昭和57年1月)~第164号(最終号)(昭和62年3月)
  • 磐南文化:創刊号(昭和52年10月)~第37号(現在)(平成23年3月)
  • 中泉町誌(復刻)昭和60年4月30日発行
    ※初版本は、中泉町梅原村組合役場が大正12年6月1日に発行したもの
  • 見付町誌(現代語訳)昭和63年3月11日発行
広告資料など
  • 商工業関係…
    「『電灯申込募集』ちらし」「『車窓から見た静岡県沼津―浜松間国鉄電化記念』観光案内パンフレット」「『長森かうやく』効能ポスター」等
  • 農林業関係…
    「煙草耕作指示事項」「見付製糸株式会社定款(ていかん)」「静岡県立農学校一覧表」等
  • 新聞…
    「静岡新報」「磐周タイムズ(写)」等

磐田市歴史文書館 第8回企画展 「磐南を思う」
日時:平成24年1月4日(水)~2月29日(水)
月~金曜日(祝日を除く)9:00~16:30
場所:磐田市歴史文書館 展示室(竜洋支所2階)※磐田市岡729-1 電話0538-66-9112

ふるさと磐田の指定文化財(5)東原報徳井戸

写真:東原報徳井戸東原報徳井戸

今回は磐田原台地の開拓をした人々の生活史を物語る貴重な資料として、平成3年に旧豊田町指定文化財に指定され、平成17年に新磐田市の指定文化財となった、東原報徳井戸についてご紹介します。

磐田原での人々の足跡
人々が磐田原台地上で生活を始めたのは、約2万年前の旧石器時代。約2,000年前の弥生時代までは人々の暮らしの痕跡(こんせき)が台地上に刻まれていますが、その後は、古墳や役所的な施設が造られたものの、暮らしの痕跡は、台地の限られた場所でしか見られなくなります。おそらく、水が得にくい台地上より平野での生活が選ばれたためと考えられます。

写真:大正記念井戸跡碑大正記念井戸跡碑
写真:地図

磐田原の開発
江戸時代には、台地の多くは御林(おはやし)と呼ばれる幕府領や、各村の共有地(入会地(いりあいち))となり、江戸期の利用は限られたものでした。台地が本格的に開発されるようになるのは、明治~大正時代にかけてです。
台地の開墾には大変な苦労が伴いました。①水がない②冬は風が激しく吹く(遠州の空っ風)③労働の辛さや生活苦、といったことが重なり、開墾をあきらめて他所へ移住していく人もいたそうです。
人々は水を得るために、当初、素掘りの池を掘り、雨水をためる天水井戸を設置しましたが、天水井戸は気候に左右されるため、安定した水の確保のために深井戸を掘りました。東原では大正井戸や報徳井戸などの深井戸が地区の人たちによって掘られ、安定した水の確保が可能になりました。その後昭和36年に水道が引かれてから人家が増え、東原の今の姿につながっていきます。
報徳井戸は磐田原台地で唯一原型を留める深井戸です。大正2年、延べ369人の手によって45mの深さの井戸として掘られました。報徳組合から60円の資金援助を受けたためこの名がつけられました。大正井戸は道路拡幅などの事情などから埋め戻され、その場には昭和55年に記念碑が建てられました。 今から100年ほど前の磐田原での暮らしに思いをはせながら、報徳井戸や大正井戸があった場所を訪ねてみませんか?

旧見付学校・旧赤松家で活躍されるボランティアさんを紹介します。

現在、旧見付学校には17名のボランティアさんが所属しています。土日祝日や団体客来館時に施設の案内をしていただいています。
また、小学生を対象として夏休みに実施した「昔の授業体験」や10月に実施した「絣(かすり)の着物で散策」事業では、大勢のボランティアさんに協力していただきました。
郷土史に造詣が深く、旧見付学校を愛するボランティアさんは、旧見付学校にとって欠くことのできない貴重な存在となっています。下の写真はその時のワンショットです。

写真:8/18(木)昔の授業体験 (糸のぼりづくり)

8/18(木)昔の授業体験 (糸のぼりづくり)

写真:10/9(日)絣の着物で散策

10/9(日)絣の着物で散策

写真:施設ガイド中の服部さん(右)施設ガイド中の服部さん(右)

同じく旧赤松家でも14名の方々がボランティアとしてご活躍いただき、旧赤松家にとっても欠くことのできない貴重な存在です。今回、そんな旧赤松家のボランティアスタッフの中で長くご活躍されている服部さんにお話をうかがいました。

問:旧赤松家でのボランティア歴は?
服:旧赤松家記念館が一般開放された平成16年からですから今年で8年目になるかな。
問:ボランティアを始められたきっかけは?
服:もともと歴史に興味があったこと、何より自分の住んでいる町のことをもっと知りたいと思っていたからだね。
問:案内をされるときに心掛けていることは?
服:磐田市にこの旧赤松家という素晴らしい文化財があるということを知ってもらうことを心掛けていますね。
問:長くボランティアをされて良かったと感じるのはどんなときですか?
服:お客様が帰られるとき、「他の人を連れてまた来ます」と言ってもらえたときですね。

旧見付学校・旧赤松家記念館ともに多くのボランティアさんたちによって支えられています。
両施設とも土日祝日にはボランティアスタッフがご案内いたします。みなさまのお越しをお待ちしています。

編集後記

2011年も最後の月をむかえました。はやいものです。今年も多くの文化財イベントがありました。来年も「だより」を通じて皆様に多くの情報をお届けしたいと思います。

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