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磐田文化財だより 第90号

重要無形民族文化財 見付天神裸祭

熱気!男気!天下御免の「はだか祭り」

写真:熱気!男気!天下御免の「はだか祭り」

見付天神裸祭は腰蓑(こしみの)を着けた裸姿の男達が、町中で乱舞することから「はだか祭」と呼ばれ、見付地区の男達の心を熱くする特別な日となっています。見付の男達が待ち続けた今年の裸祭は9月22日・23日に行われます。
祭の見所(みどころ)は、大祭初日の午後9時から翌日の午前1時にかけて行われる裸の練(ね)りと神輿(みこし)の渡御(とぎょ)です。神輿の渡御に先だって、 腰蓑姿の男達が往来を練り歩き、矢奈比売(やなひめ)神社(見付天神)へ向かいます。その後、灯火が消され、闇の中、淡海国玉(おうみくにたま)神社へ神輿の渡御が行われます。
この祭には、矢奈比売神社拝殿での鬼踊(おにおど)りや神輿の渡御など、多くの見せ場があります。悠久(ゆうきゅう)の時を越え伝えられてきた伝統のお祭り、今年は去年とは違う場所で男達の熱気を感じてみたらいかがでしょうか。

写真:先頭を進む山車

先頭を進む山車(だし)

写真:昭和初期の裸祭の様子

昭和初期の裸祭の様子


<平成24年度の裸祭(日程)>
9月16日(日) 15時頃 祭事始め(元宮天神社)
9月16日(日) 22時~ 御斯葉おろし(見付地区)
9月19日(水) 日中  浜垢離(福田海岸)
9月21日(金) 20時~ 御池の清祓(矢奈比売神社)
9月22日(土) 18時~ 子供連出発(見付地区)
9月22日(土) 21時~ 大人連出発(見付地区)
9月22日(土) 23時~ 鬼踊り(矢奈比売神社)
9月23日(日) 0時~ 神輿渡御(矢奈比売神社)
9月23日(日) 17時~ 神輿出御(淡国海玉神社)
9月23日(日) 20時  神輿着御(矢奈比売天神)

文化財めぐりウォークin長野

写真:文化財めぐりウォークin長野

とき:平成24年10月21日(日)小雨決行、雨天の場合11月11日(日)に順延
時間:午前8:30~12:00
参加費:無料
募集対象:どなたでも(小学3年生以下保護者同伴)
内容:長野公民館をスタートし前野・草崎周辺の文化財をたずねて歩きます。平家と千手の恋物語に思いをはせ、江戸時代から行われた仿僧川治水の歴史を学ぶウォークです。歩行距離約7km。
申込方法:往復ハガキに、参加者の住所、電話、参加者全員の氏名(ふりがな)年齢、「文化財めぐりウォーク参加希望」と書いて文化財課へ。(文化財課:〒438-0086磐田市見付3678-1)【10月10日(水)〆切り】
その他:集合時間・集合場所等の詳細は、申込受付後、返信ハガキにてお知らせします。

企画展Q&A 質問にお答えします!

文化財課では、夏の企画展を磐田市立中央図書館で毎年開催しています。今年のテーマは「黄泉の世界~磐田の後期古墳~」です。
展示会では、多くの質問が寄せられます。ここでその一部を紹介します。

  • 問い
    古墳の石はどこから運ぶのですか。どうやって運ぶのですか。
  • 答え
    磐田市の古墳に使われている石は、主に天竜川や太田川などの川から石を運んできました。たくさんの重い石を大勢の人で運ぶ時に使ったと思われる、「しゅら」という木のソリがみつかっている遺跡もあります。
  • 問い
    多くの古墳に副葬されている須恵器(すえき)の材質はなんですか。
  • 答え
    「須恵器」は土を原料としてつくられた土器ですが、弥生式土器などとの違いは、ロクロを使ってかたちづくり、窯の中で1,100度という高温で少ない酸素で焼くために、土器よりも固く青灰色に出来上がりました。
  • 問い
    古墳群の近くには、村が存在していたのでしょうか。
  • 答え
    古墳を作った人々の村が近くに存在していた可能性は十分に考えられますが、実際に村の跡はそれほど多くはみつかっていません。洪水や地形の変化などにより、その跡が残らなかったのかもしれません。

写真:ともちゃん

✰多くの質問ありがとうございました。✰

ふるさと磐田の指定文化財(13)
賀茂神社本殿(かもじんじゃほんでん)・賀茂神社特殊神饌(かもじんじゃとくしゅしんせん)

第13回は、平成17年(2005)11月21日に新磐田市の文化財に指定された、「賀茂神社本殿」と「賀茂神社特殊神饌」を紹介します。

賀茂神社本殿

写真:賀茂神社本殿賀茂神社本殿

加茂に鎮座する賀茂神社は、養和元年(1181)に加茂東村の氏神として京の賀茂神社から勧請(かんじょう)されたと伝えられ、鴨若雷命(かものわけいかずちのみこと)を祭神とします。
現在の本殿は、棟札(むなふだ)によると慶安元年(1652)の建築です。昭和5年、平成元年に修復が行われていますが、江戸時代の神社建築の様式がよく保存されている建造物です。

賀茂神社特殊神饌

写真:賀茂神社本殿賀茂神社本殿
写真:賀茂神社地図※今年は10月21日(日)に行われます。
見学可。
詳しい問い合わせ先は鈴木さん(34-1065)

10月の秋祭りの際に、神様にお供えされる神饌(神様に献上する食事)と調理する作法は、京都の上賀茂神社(かみがもじんじゃ)・下鴨神社(しもがもじんじゃ)に伝わる古い様式を残しています。
神饌の材料の調達は、氏子総代と当屋(とうや)(祭りの当番で、班毎の輪番制)・当屋脇(とうやわき)(当屋の補佐役・当屋の両隣各3軒)によって行われ、調理は氏子総代によって行われます。
8品を並べた献供台(けんきょうだい)(お供え用の台)を3膳整え、「ハナゴモリ」とよばれる糀(こうじ)と御神酒(おみき)とともにお供えします。
台の中央には大皿に1升分のおこわ(蒸したもち米)を高く盛り付けます。そして4枚の奉書(ほうしょ)紙(儀礼用に使う厚手の和紙)を折りたたんで作ったかぶとを被せます。おこわの周りには、7品の供え物を並べます。小皿に薄く切った大根の短冊を十字に敷き、その上に、ゆでた里芋、白粉餅(しろこもち)(生米を水にひたし、やわらかくしてからくだいてかためたもの)、生鰹(なまがつお)、焼鮎(あゆ)、生鮎、生エビ、ゆでた枝豆を大根の十字と同じ大きさに切って盛り付けます。
糀はおよそ1升をヒノキの曲げ物に入れ、直前に熱湯をかけてお供えします。
祭りの終了後には、神饌物と同じ料理を食べて祝う氏子の宴が行われます。

ザ・ロード・トゥ・あきはさん その3

秋葉山は防火の神様として全国に知られ、遠州地方はそのお膝元として特に遺跡が残っています。今回は秋葉道と、道沿いに残る道標について紹介します。

どれが「秋葉道」?

写真:秋葉道(下野部・大楽地)秋葉道(下野部・大楽地)

「あきはみち」「秋葉街道」というのはよく聞きますが、どれがそうだというのは人によって違います。極端なことを言えば、北に向かう道はほとんどが秋葉道である可能性がありますが、こうした道は市内西部では二俣街道と呼ばれ、市内中央では大藤街道と呼ばれるように、道の場所や目的地によって呼び方も変わるようです。

あきはさんへの道

いまの秋葉道といえば、二俣から天竜川沿いに北上するルートを思い浮かべますが、豊岡地区では虫生(むしゅう)から下百古里(しもすがり)に抜けるルートや、万瀬(まんぜ)から横川を通るルートなどもありました。

今も残る「秋葉道」と道標

市内富里には「あきはみち」と書かれた道標がありますが、こうした道標が市内南部にあるのは珍しく、多くは敷地(しきじ)・野部(のべ)地区に見られます。大楽地(だいらくじ)の奥や、万瀬などには今でも舗装も拡張もされず、昔のままの秋葉道が残っている場所があります。今ではほとんど人が通らない道ですが、分かれ道にはちゃんと道標が残っています。昔は多くの人が利用していたのでしょう。
路傍の石仏にも、よく見ると道標を兼ねて建てられたものがあります。市内、特に豊岡地区で見られる石仏は馬頭観音が多く、馬が輸送の大切な手段であったことと関係があると考えられます。

  • 写真:万瀬地内万瀬地内
  • 写真:富里地内富里地内
  • 写真:下野部・万瀬付近下野部・万瀬付近
  • 写真:下野部・敷地付近下野部・敷地付近

編集後記

現在歴史文書館(竜洋支所2F)で開催中の企画展「大池の灌漑をめぐる争いと松岡霊社」が磐田市立中央図書館でもご覧いただけます。(9月8日から9月16日まで)お越しをお待ちしています。

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