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磐田文化財だより 第91号

京の雅が掛塚を彩る「掛塚まつり」

お公卿囃子(おくげんばやし)が、菊水の提灯が 屋台まつりだ!掛塚まつりだ!

写真:熱気!男気!天下御免の「はだか祭り」

8月に入ると屋台囃子の稽古を始め、9月には屋台を組む。※お囃子の音と屋台を組む槌(つち)音が聞こえたら掛塚まつりはもうすぐ。今年の掛塚まつりは、10月20日(土)と21日(日)。屋台が貴船神社に集合した所とその前後の時間が見どころです。20日(土)夕方、21日(日)の午前と夕方の2回、屋台が集合します。
お囃子は、貴船神社への出入りの時、入船囃子(いりふねばやし)と出船囃子(でぶねばやし)を、神社境内では大庭囃子(おおばばやし)を聞くことができます。お公卿囃子(くげんばやし)は、屋台が各町に帰るときに演奏されます。掛塚の屋台で使う提灯は、全てろうそくを灯します。提灯がゆらめく屋台の中から聞こえるお公卿囃子は絶品。ぜひ聴きにいらっしゃいませんか。

※掛塚祭屋台囃子は、県指定無形民俗文化財です。

※屋台を見るならここ※
【宵祭り(20日)】
①14:00~16:00 本町上(学供竜洋会館西)
②16:30~20:30 貴船神社
【本祭り(21日)】
③ 9:00~12:00 貴船神社
④17:50~20:00 貴船神社
※屋台が国道150号を渡るとき、国道の南側から見ると屋台の前面がよく見えます。
(20日は14:00前から、21日は9:00前からと12:00すぎ)
※学供竜洋会館前は、屋台が神社に威勢よく入るところ(お囃子は入船囃子)、神社から出るところ(お囃子は出船囃子)が見られます。
※時間が前後することがあります。

旧赤松家記念館特別展示 ~生誕150周年 文豪森鴎外と妻赤松登志子~

文豪森鴎外生誕150周年を迎える今年、奇しくも鴎外と最初の妻である赤松登志子との関係を記した資料が赤松家で見つかりました。
旧赤松家記念館では今回見つかった資料をはじめ、息子の於菟(おと)が赤松家へ宛てた手紙などを9月15日(土)~10月14日(日)までの期間、特別展示をしています。

今回見つかった資料

明治23(1890)年10月6日付で、当時、佐世保(させぼ)の鎮守府(ちんじゅふ)指令長官であった父親の赤松則(のり)良(よし)に対して、長男の赤松範(はん)一(いち)が鴎外と妹登志子夫婦の生活の実情を報告するために書いた手紙の下書きと思われる資料です。

写真:関係略図

関係略図

写真:見つかった資料【赤松家所蔵】

見つかった資料【赤松家所蔵】

資料の概要

明治23年10月初旬、鴎外は結婚生活を営んでいた花園町の家(赤松家所有)に妻の登志子と生まれて間もない息子の於菟を残して千駄木(せんだぎ)(東京)の借家に転居しました。その間の出来事などの詳細が記されています。
資料には、生まれて間もない於菟を牛乳で育てても無害であるからと、森家に引き取られていく様子や、日頃夫婦で一緒に外出することも無く(登志子は)談話を好まないため、(鴎外とは)気性が合わず、家庭生活が文筆活動の妨げとなるとして転居したこと、登志子と於菟の生活費については出来るだけ仕送りするつもりであることなどが記されています。
鴎外と登志子については、これまで鴎外の兄弟や子供の回顧談、「西周(にしあまね)日記」から語られることが一般的でしたが、今回の資料が赤松家から見つかったことによって、今まで明らかになっていなかった当時の鴎外と登志子の気持ちや行動を知ることが出来るものと期待されています。

追加講演開催のご案内

第1回(9月30日)の講演会には、たくさんの受講申込をいただきましたので、追加講演会を次のとおり開催致します。

○日時:平成24年10月13日(土) 14:00~15:30
○会場:磐田市立中央図書館 2階 視聴覚ホール
○演題:「森鴎外・赤松登志子の結婚と離婚」 定員100名(申込先着順)
○講師:森鴎外記念会 会員 杉本完治氏
○申込受付:磐田市文化財課(埋蔵文化財センター)へお電話で申込ください。
【0538-32-9699】受付時間8:30~17:30(月~金)

ふるさと磐田の指定文化財(14)
中野白山神社例祭(なかのはくさんじんじゃれいさい)(通称:どぶろく祭り)

写真:開催場所地図開催場所地図

今回ご紹介する文化財は、昭和56年10月2日に旧福田町の指定文化財に、平成17年(2005)11月21日に磐田市の無形民俗文化財に指定された、白山神社の秋の例祭についてご紹介します。

どぶろく祭りとは?

豊浜中野の白山神社は、寛正3年(1462)に創建されたと伝えられます。その昔(一説には江戸時代初めごろ)、疫病がはやった時に、「白山を信仰して濁酒(どぶろく)を献じ祈願せよ」と白山の宗教者に告げられて、悪疫を退散することができました。その後どぶろく作りを中断したところ、その年に伝染病がはやったため、再びどぶろくを作って神前に供えるようになったことがどぶろく祭りの由来です。

どぶろく作り

写真:どぶろく作りどぶろく作り

どぶろく作りは祭りの約1ケ月前から始まります。豊浜中野地域から選ばれた杜氏(とうじ)が、境内の醸造所で米2俵を使ってどぶろくを仕込みます。どぶろくを造ることは酒税法上で許可が必要となるため、この間に税務署の検査を受けます。どぶろくが出来上がると杜氏の仕事は終了となり、その後は当番組がどぶろくの管理をします。

祭り当日

写真:「白山神社秋の例祭・新穀酒献上感謝祭」「白山神社秋の例祭・新穀酒献上感謝祭」

「白山神社秋の例祭・新穀酒献上感謝祭」として行います。どぶろくを神社神前に献上し神事を行い、神事終了後どぶろくを神前から下げて拝殿で氏子衆がどぶろくをいただきます。その後境内では餅投げが行われます。


今年の例祭は10月7日(日)午後1時30分ごろから神事がはじまります。境内に集まった参拝者には、どぶろくや甘酒がふるまわれますよ!興味のある方、お参りしてみてください。
会場:磐田市豊浜中野743 白山神社
※未成年やお車でお越しの方は、どぶろくの飲酒はご遠慮ください。

いわたのこんなおはなし

「昭和の遺産 ベーハ小屋」 磐田のちょっといい話、みつけました。

写真:秋葉道(下野部・大楽地)背高の美しいフォルム(豊田)
写真:ベーハ小屋ベーハ小屋

市内には、煙草(たばこ)栽培が盛んだった昭和初期頃に建てられた煙草の乾燥小屋が今も点在しています。
ベーハ小屋とは、煙草の乾燥小屋のことで、アメリカ原産の黄色種と呼ばれる種類の葉たばこを乾燥させていたことから、地域によって「米(べい)小屋」「米葉(べいは)(米国の葉)小屋」と呼ばれているようです。
建物は、屋根の上にさらに越(こし)屋根(煙抜きとして屋根の上部に付けられた小さな二重の屋根)を持つ特徴的な外観で、背の高い構造には、葉煙草を何段にも吊るして乾燥させるための工夫があり、気密性と断熱性を高め乾燥の効率を高める土壁で覆われた壁、煙草の葉の乾燥状態や温度を確認するための小窓などの要素から、独特の形態をもつ小屋となっています。
現在では、乾燥小屋として使われているところはないようですが、役目を終えた後も農機具の置き場所や倉庫、廃屋として現存しています。
大風や台風で吹き飛ばされてしまった瓦や、崩れゆく土壁。つぎつぎに取り壊されその姿を消しつつあるベーハ小屋は、昭和の産業の記録です。

コラム 【本物に触れる】 早澤 清市

写真:訪問歴史教室訪問歴史教室

文化財課では希望のあった小学校に出向き、訪問歴史教室という事業を行っています。小学校の歴史の授業に合わせ、文化財課で保管する本物の土器や矢じりなどを持って行って実際に触ったり、体験用のセットを使った火起こしや弓矢の体験をしてもらいます。
今年度も既に12校におじゃまして授業を行いました。子供たちは教科書でしか知らなかった縄文土器を実際に手に取り、1万年前の生活の様子を想像しながら話あっています。火起こし体験では、グループで協力して棒を廻し藻(も)草に息を吹きかけ、小さな火が起きるとあちらこちらから歓声が上がります。また、弓矢体験になると、男の子などは目を輝かせて自分の番が来るのを待っています。ところが、アニメやゲームの世界で主人公が格好良く弓を扱う姿を見て、自分でも簡単に出来ると思っていたのが、まったく前に飛ばず足元に落ちる矢に戸惑っているようでした。先日もある先生に、「遺跡を多く抱える磐田市の学校で良かった」と言っていただきましたが、私たち文化財課職員も、子供たちが喜んでくれる顔を楽しみに各学校を訪問しています。

編集後記

10月は祭り本番の月。祭りには、地域の伝統と歴史がつまっています。毎週末にはどこかで祭ばやしが演奏され、にぎやかになります。ずっと守ってゆきたい伝統です。

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