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磐田文化財だより 第109号

文化財探偵は見た 遺跡を知る 第1回
遠江国府ここに置く 御殿・二之宮遺跡

ちい散歩

市内の遺跡を知る新シリーズがはじまります。遺跡ってどこにもあります。あっちにもこっちにも、市内各所に、いろんな遺跡が。第1回にふさわしい遺跡はなんだろう。文化財探偵は悩みました。そうだ!市内最大級の遺跡“御殿・二之宮遺跡”を紹介しよう。御殿・二之宮遺跡はその広さ、時代の幅、遺跡の内容も・・・市内最大級だ!今回は、国府を重点に紹介しよう。
と言うことで、新シリーズ 「文化財探偵は見た 遺跡を知る」がはじまります。このシリーズは、色々な視点から、磐田市のさまざまな遺跡を紹介するものです。それでは・・・


御殿・二之宮遺跡

御殿・二之宮遺跡は、磐田駅の南側に広がる、弥生時代から中世・近世にかけて営まれた市内最大級の遺跡です。東海道新幹線の建設の際、多量の弥生土器が見つかり、遺跡の存在が明らかになりました。その後、120回にも及ぶ発掘調査が行われ、奈良時代の遠江国府(※1) が置かれた遺跡として知られるようになりました。遺跡の範囲には、徳川家康が東海道の往来の際に宿泊施設とした「中泉御殿」や、遠江国の幕府直轄地を管理した中泉代官の拠点である「中泉陣屋」が含まれます。

※1 国府・・・古代の国(地方)ごとに置かれた地方行政府。今でいう県庁所在地。

木簡の発見

木簡の発見

1978年某日、久保川改修に先立つ発掘調査で、短冊状の細長い板が発見されました。発掘調査員がこの細長い板を調べてみると、板の表面に文字が墨で書かれていることに気づきました。これが木簡の発見です。
木簡は地名や個人名・役職などが書かれた木札です。御殿・二之宮遺跡で発見された木簡には遠く掛川市内の地名もあることから、遠江各地から御殿・二之宮遺跡に物資が運ばれたことがわかりました。遠江各地の地名や役職を示す木簡や墨書土器が出土したことから、この地域一体が遠江国府の跡と推定されるようになりました。


国府の建物

御殿遺跡公園(柱穴位置)

平成4年の発掘調査で、東西2間×南北7間の大型建物のほか数棟の建物の柱穴跡が見つかりました。これらの建物はL字形に配置されていることから、国司(※2)の館や迎賓館的な施設の可能性が考えられています。建物の柱穴跡は、御殿遺跡公園に保存され、その場所を確認することができます。

※2 国司・・・古代の都から派遣された、今の県知事クラスの上級役人。


発掘調査の様子(第8次調査)

国府の祀り

人面墨書土器(じんめんぼくしょどき)

第6次調査地は、国府の南側を流れる河川敷にあたります。この川も長い年月の中で地中に埋没してしまいましたが、川岸から国府の祀りに使われた道具類が発見されました。ここでは、国府に穢(けが)れが持ちこまれないよう、様々なお祀りがおこなわれました。表面に人の絵を書いた土器「人面墨書土器」や、板を人の形にした「人形(ひとがた)」・「斎串(いぐし)」などが出土しました。
市街化した御殿・二之宮遺跡ですが、地面の下には国府を伝える建物跡や土器などの遺物が眠っています。一度、現地に立ち、当時の風景を思い浮かべてみてはいかがでしょうか。


新たに市指定文化財が県指定文化財に加わりました
太刀 銘成高

磐田市指定文化財「太刀 銘成高(たちめいなりたか)」が、平成26年3月14日に静岡県の有形文化財(工芸)に指定されました。この太刀は、典型的な鎌倉時代初期の備前刀の特色を持つ優れた作品であり、この時代の太刀が静岡県内に伝来することは希少であることから、刀剣としては48年ぶり、81点目の静岡県指定文化財に認められました。

「太刀 銘成高」は、平安時代末~鎌倉時代初頭の備前国刀工「成高」が鍛えた刃長78.2cm(2尺5寸8分)の名刀です。刀身の柄の部分にあたる茎(なかご) には、目釘孔(めくぎあな)が穿(う)たれ、「成髙」の銘が彫られています。刃の反対側は断面形が三角形となる庵棟(いおりむね)です。刀身の反りは茎付近からはじまる「腰反り」で、刀身の地鉄には「小板目(こいため)」と呼ばれる模様の影が見られます。刃文(はもん)は小さく規則的に乱れ、刀身には太刀を焼き入れる際、「沸(にえ)」と呼ばれる鉄の結晶体が表面にみえています。

太刀 銘成高

成高の銘
『遠江古蹟図絵』の中の冷酒清兵衛 左が清兵衛、中央が騎乗する家康

成高は鎌倉幕府を開いた源頼朝によって見いだされた刀工で、成高を「志高く功成(こうなり)」という意味にも解釈され、武家の褒美に相応しい太刀として、御家人に下賜(かし)されたようです。成高の銘を持つ太刀は、屋島合戦で軍船の扇の的を射落としたことで有名な那須与一が源頼朝から拝領されたと伝えられる刀など、6本しか知られていません。
この名刀は、見付宿の取りまとめ役として徳川家に尽くす一方、武田信玄が侵攻した際には浜松への帰城を助けた、上村家 の当主 清兵衛(せいべえ)が、徳川家康から拝領したと伝わっています。
上村清兵衛は日頃から冷酒をたしなみ、家康にも冷酒を勧めたことから家康から「冷酒」と呼ばれ、近隣にも「冷酒清兵衛」の名で知られていました。この話は、江戸時代に書かれた『遠江古蹟図絵(とおとうみこせきずえ)』にも紹介されています。清兵衛は、徳川家康の遠江制覇に深く関与した役割を担っていたことから、名刀である「成高」が下賜されたと考えられます。
名刀「成高」は、家康と磐田をつなぐ重要な証であるともいえます。


任せてください 出前講座
ちょっと知りたい近所のいわれ・・・もっと知りたい磐田の歴史

文化財課は皆さんの町にうかがいます

文化財課では、郷土の歴史や風土を知っていただくための出前講座を実施しています。出前講座は学校(クラスや学年)や老人会、地域の学習グループなど団体で申し込みいただき、文化財課職員が講師を務めます。土器や石器の実物や映像を持ち込み、ご希望に沿った講座を展開します。この機会に文化財課をご利用ください。

文化財課

(申込み・問合せ)文化財課へ TEL 0538(32)9699

・・・日時・内容については、担当にご相談ください・・・
(個人的な依頼など条件が満たされない場合は、お断りすることもあります。)

コラム お地蔵さまのお祭り 飯田 訓子

匂坂上の地蔵菩薩

「今日はお地蔵さまのお祭りだで、お菓子もらいに行ってきないよ~。」
私が幼い頃から、年に何回か聞く言葉です。今は息子たちがそれを聞き、喜んで出掛けて行きます。近所の小さな地蔵堂で年4回、私たちがお地蔵さまのお祭りと呼ぶ行事があります。各家庭でお地蔵さまへお菓子などをお供えし、和尚さまが子供たちの健康と地域の安全を祈願して、御祈祷をします。
御祈祷が終わるとお供えされたお菓子を子供たちに配ります。小さな地蔵堂の天井には、子供たちの名前の入った提灯が天井いっぱいに吊るされ、地域からとても大切にされていることが伺われます。
お地蔵さまは子安地蔵だそうなのですが、私の父は幼い頃、イボ取りを祈願したらイボがポロッと取れたそうで、そういえば私自身も、大学受験の時に合格祈願をして無事に合格できたことを思いだします。それがお地蔵さまのご利益なのかは分かりませんが、何かの折にお地蔵さまにお参りする私たちの願いを、ほんの少しだけ、叶えてくれているのかもしれません。


編集後記

娘の受験が終わりました。学問の神様のお守りをいくつかいただき、私はというと、毎度のことながら台所の神様、トイレの神様に願いをかけるべく掃除を。学問の神様じゃないけど・・・?でも、願うということでなんだか安心するものです。コラムのお地蔵さまは、いくつの願いを聞き届けてきたのでしょうか。

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