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磐田文化財だより 第111号

磐田市歴史文書館 第13回企画展
松岡霊社(まつおかれいしゃ)旧蔵資料展~「二条亭行幸之図(にじょうていぎょうこうのず)と「拾遺手鑑(しゅういてかがみ)」の世界

とき:平成26年7月7日(月)~平成26年8月29日(金)
   9:00~17:00(入館 16:30まで)休館日・・・土・日・祝
ところ:磐田市歴史文書館展示室(磐田市竜洋支所2階)

※資料保存のため、会期途中で展示物の一部入替を行います。ご了承ください。

今回展示する「二条亭行幸之図」と「拾遺手鑑」は、松岡霊社(磐田市大原)が長年にわたって所蔵してきたものです。元は旧幕臣・松岡萬(まつおかよろず)が持っていたもので、地域の争いを治めた松岡萬が神として祀(まつ)られた松岡霊社(藤枝市と磐田市に所在する)に寄贈され、その後、磐田市に寄贈されました。
今後も継続して調査を行いますが、今回の企画展では、今までの調査成果をご紹介いたします。

二条亭行幸之図

中宮・和子の牛車(中央)二条亭行幸之図より

江戸時代初めの寛永3年(1626)、後水尾(ごみずのお)天皇は御所を出て、二条城にいる第3代将軍・徳川家光と大御所である父・秀忠のもとに向かいます。後水尾天皇は6年前に秀忠の娘である和子(まさこ)を中宮(ちゅうぐう)(皇后と同格の后)に迎えていました。将軍家の縁者となり、わずか1キロメートルではありましたが、天皇の方から将軍に会いに行くという異例ともいえるこの行事は「寛永の行幸」と呼ばれ、徳川幕府が天皇に代表される貴族たちに対して絶対的な優位を占めた、象徴的なできごととされています。
一之巻には中宮・和子など殿上人(てんじょうびと)の行列、二之巻には京都所司代(しょしだい)を先頭に、幕府の役人、将軍、大名、天皇の乗る御鳳輦(ごほうれん)などの行列が描かれています。当時の一大イベントにふさわしい華やかな行列のようす、当時の京都のようすや人物の装束などがわかり、歴史的資料としても価値があると思われます。


拾遺手鑑

足利義政筆と伝えられる断簡

南北朝時代から江戸時代までの公家や武家、僧侶などが書いた色紙や短冊など96枚が「拾遺手鑑」と墨書された箱に収められています。ほとんどの作品には極札(きわめふだ)(鑑定書)がついています。鑑定したのは、江戸時代から明治期までの古筆家(こひつか)と呼ばれる人たちです。
手鑑とは、本来、手本・模範のことをいいますから、たくさんの名筆を収集したものです。この拾遺手鑑は、当初に比べかなり減っているようですが、それでも96枚が残っています。残っているものの種類としては、短冊67枚、色紙12枚、また断簡(だんかん)(途切れている文書)17枚です。時代別には、江戸時代のものが57枚と多くを占めています。


松岡萬とは・・・ 天保9(1838)年~明治24(1891)年

松岡

江戸幕府の役人(幕臣)で、剣の達人といわれ、徳川慶喜の警護役・精鋭隊隊長を務めました。徳川幕府の大政奉還(たいせいほうかん)の後、松岡萬は静岡藩の水利路程掛となりました。その後、松岡萬は150人ほどの幕臣を率いて浅羽湊の長屋に住み、製塩頭(かしら)として、豊浜の塩田開発を指揮しました。
磐田駅の南側に広がる大池の開墾をめぐる争いでは、大池の埋め立て中止を決定し、喜んだ人々は、松岡萬を「生き神」として祀る松岡霊社(当初は池主神社・明治9年)を建立しました。
明治8年、松岡萬は東京に戻り、新政府の下で、警視局(今の警視庁)の役人として仕えました。


歴史文書館 歴史学習会

「松岡霊社旧蔵の絵巻と手鏡~『拾遺手鏡』を中心に~」
  • とき/平成26年8月5日(火) 13:30~
  • ところ/磐田市竜洋支所 2階会議室
  • 講師/修善寺郷土資料館長 田中之博先生
  • 内容/拾遺手鑑と二条亭行幸之図について、特徴と磐田市にある意義について考えます。
  • 申込み/6月2日以降に、はがき・FAX・電子メールまたは電話にてお申し込みください。(参加される方のお名前・住所・連絡先電話番号・同行者がいる場合は同行者の人数をお知らせください。)
  • 定員/先着100名 参加費/無料
  • 申込先/磐田市歴史文書館(磐田市竜洋支所内)土・日・祝日は休館
    〒438-0292磐田市岡729-1
    電話:0538-66-9112、FAX:0538-66-9722
    E-mail:chiikishi@city.iwata.lg.jp

ふるさとの信仰

日本には本来の宗教とは別に、民衆の間で生まれ育っていった神仏があります。磐田市にあるこうした「民間信仰」を、6回シリーズで紹介します。第1回は水の神です。

第1回 水の神

水神碑(上野部)、水神碑(豊岡)

水の神は日本の各地、川の近くなどに水神社や水天宮などとして祭る例がありますが、水そのものを畏(おそ)れの対象として、水神さまとしてまつる事例があり、○○天皇や○○ノミコトを祭る普通の神社とは少し異なる信仰と言えるでしょう。
市内では、旧竜洋町の豊岡と旧豊岡村の上野部の2箇所に、「水神」と書かれた自然石が建てられています。上野部のものは神田地区の天竜川を見下ろすことができる場所にあり、また天竜川で取れる青石を使用しています。
なお、椎ケ脇(しいがわき)神社(浜松市天竜区二俣町鹿島)の祭神も水の神ですし、光明山(こうみょうさん)(浜松市天竜区佐久)も水の神として崇敬されていました。金毘羅(こんぴら)さんも水の神です。光明山の参道の道しるべは見付宿の人々の寄進によっています。水は洪水を起こす危険な存在でもあり、一方ではなくてはならない、大切なものでありますから、さまざまな場面でまつられてきたのでしょう。


市内の水神社 冨里、匂坂上、大原(大和田)、大立野

参加者募集中!

ガイドウォーク『緑のそよ風 まちなか古墳めぐり』

  • 日時:6月8日(日) 9:00出発・12:00帰着 雨天決行
  • コース:磐田市商工観光課駐車場→土器塚古墳→京見塚古墳→兜塚古墳→旧赤松邸(約5㎞)
  • 募集人数:35名
  • 参加費:無料
  • 申込期限:6月5日(木)
  • 申込/問合せ:磐田市観光協会 TEL・FAX:0538(33)1222

今年もやるよ! 旧見付学校『昔の授業体験』

  • 日時:(1)7月25日(金) (2)8月8日(金) いずれも9:00~11:30
  • 会場:旧見付学校
  • 対象:小学生(市内・市外・学年は問わず)
  • 定員:各35名(定員超過の場合は抽選)
  • 参加費:500円(着物洗濯代)
  • 内容:カスリの着物を着て、石盤・石筆を使用した明治・大正期の授業(音楽・国語)と昔の遊び
  • 申込期間:6月13日(金)~7月13日(日)
  • 問合せ:文化財課 TEL0538(32)9699
  • 申込:申込用紙(旧見付学校/埋蔵文化財センター/市ホームページよりダウンロード)をFAXまたはEメールで文化財課へ申し込む FAX:0538(32)9764 Eメール:bunkazai@city.iwata.lg.jp

コラム 花祭り 竹内直文

花祭り

4月12日の土曜日。新聞折り込みに、「本日花祭りを開催!」のチラシを見つけた。餅まきもあるという言葉につられて出かけてみた。
花祭りとは、正式には灌仏会(かんぶつえ)といい、仏教をはじめたお釈迦(しゃか)様の誕生日を祝う催しである。今回お邪魔した見付では地区内にある9ケ寺が合同で行っており、今年は大見寺の回り番であった。お寺によって少しずつ異なるようだが、花で飾られた小さなお堂の中にお釈迦様が誕生した時の像が置かれ、お経をあげたあと甘茶を像にかける。合同でやることによって盛大になるし、檀家でなくても気軽に出かけられる、よい企画ではないだろうか。
法要も終わっていよいよ餅投げである。・・・場所がよくなかった。来年は、もう少しよいところに陣取りたいものである。


編集後記

富岡製糸場が世界遺産に・・・という話題で賑やかです。絹糸と綿織物の違いはありますが、テレビを見ていると、福田の別珍・コール天の織物工場の風景が重なります。併せて報道される日本の技術のすばらしさに、嬉しくなってしまうこの頃です。

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