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磐田文化財だより 第114号

磐田の建造物3件が国の登録有形文化財に加わります!!

※国の登録有形文化財(建造物)とは、50年を経過した建造物のうち、歴史的景観やその時代の特色、再現が難しい技術などを残している文化財を、国の文化審議会の審議・答申を経て、有形文化財に登録されたものです。

今回新たに登録されることになったのは、見付地区にある「玄妙寺経蔵(げんみょうじきょうぞう)」及び「玄妙寺門柱(げんみょうじもんちゅう)及び塀(へい)」、前野地区にある「穂積家住宅長屋門(ほづみけじゅうたくながやもん)」です。
今回の登録で、市内における国の登録有形文化財は、合計で8箇所(17件)となり、磐田の歴史的建造物として、また、地域の資産として大切に次世代へ残していきます。

1.玄妙寺経蔵

玄妙寺経蔵

玄妙寺は日蓮宗の本山であり、南北朝時代の元中2年(1385)に建立されたといわれています。
玄妙寺経蔵は、寺の記録によると昭和9年に建てられ、当時としては大変珍しいRC(鉄筋コンクリート)構造の建物で、寺の経典を収めるために造られました。外壁は石造風に見せるための技法が施されています。RC構造と共に鉄扉を備える等、耐火性を重視した昭和初期の鉄筋コンクリート造経蔵の好例として、国の登録有形文化財建造物に登録されることになりました。


2.玄妙寺門柱及び塀

玄妙寺門柱及び塀
三和土ブロックを積んで造られています

建設年代は不詳ですが、当時を知る方の証言などから、大正~昭和初期だと推定されます。
見付本通りから北に入る「玄妙小路(げんみょうしょうじ)」に面し、南端に門柱が1本建てられており、南北の長さは約16m、高さは小路側から1.63mあります。三和土(たたき)を成型した三和土ブロック(※1)を積んで造られています。本来、床などにしか用いられない三和土の技法を使って、持ち運びできる大きさ・重さのブロックを作った遠州地方独特のものです。
この門柱及び塀は、数少ない現存する物件であり、その風情を今に伝えるものです。見付の歴史を語る上で重要であるとともに、左官技法を駆使(くし)した独特な構造の門塀で、当地の建築技術を伝える希少例といえます。再現することが容易でないものとして、国の登録有形文化財建造物に登録されることになりました。

※1 三和土ブロック・・・赤土や砂利などに消石灰とにがりを混ぜて練った三和土を成型して作ったブロック


3.穂積(ほづみ)家住宅長屋門

穂積家住宅長屋門(正面から)

穂積家は、代々松尾八王子神社、東八王子神社の神主や旗本秋元氏の代官などを勤めたとされ、現在の当主は15代目です。
穂積家長屋門は、小屋裏より見つかった棟札に明治11年(1878)との記載があります。門の幅は、11mであり、寄棟造(よせむねづくり)で桟瓦(さんがわら)(※2)を葺(ふ)いています。平面は大きく3室に区画され、中央が通路部分、両側は土間の物置となっています。

※2 桟瓦・・・断面が波型の瓦で、江戸時代以降一般的に見られる、本瓦葺きの平瓦と丸瓦を一体化させた瓦。


穂積家住宅長屋門(裏側から)

外壁は真壁(しんかべ)(※3)で、中段から上部は漆喰(しっくい)で塗られ、下部は下見板張(したみいたばり)(※4)とし、正面の西室に与力窓(よりきまど)(※5)が設けられており、旧家の格式を伝える長屋門です。明治期に敷地内東側に曳家(ひきや)し納屋として使われていましたが、昨年、当初建っていた場所の近くに再び曳家し、門口が復原されました。市内に残る数少ない長屋門として、国の登録有形文化財建造物に登録されることになりました。

※3 真壁・・・柱を露出する壁
※4 下見板張・・・雨水が入らないように、横板をお互いが少しずつ重なり合うように取り付けた板を用いた板壁
※5 与力窓・・・太い格子を横に取り付けた窓。江戸時代、長屋などの道に面した側につけた。


ふるさとの信仰

第3回 馬頭観音(ばとうかんのん)

馬頭観音(気賀)、馬頭観音(西貝塚)

日本には本来の宗教とは別に、民衆の間で生まれ育っていった神仏があります。こうした民間信仰の第3回は馬頭観音です。

観音菩薩は、現世のご利益がある仏様で、人々のニーズにあわせて十一面観音や千手観音などに、姿も変えることができます。そのうちの1バージョンが馬頭観音です。頭に馬頭を乗せた馬頭観音は、馬のような強い力とスピードで人々を救う、頼もしい仏であると同時に、一般に優しい顔をしていると言われる観音の中では、珍しく怒った顔をしています。これは、怒りの形相で悪を粉砕するとされています。
こうしたもともとの仏教の教えとは別に、民衆の間では馬頭観音イコール馬の供養、という考えが定着してきたようです。農耕や運搬、軍馬など、さまざまな場面で活躍してくれた馬は、人々にとって宝物であり、家族も同然の大事なパートナーでした。飼っていた馬が死ぬと、供養のために馬頭観音を建てる、といったことが広く行われていたようです。顔も優しい顔のものが多く見られます。
市内でも、岩室や万正寺で馬頭観音をまつったお堂があります。その他にも石仏の馬頭さまが残されていますが、長野県や山梨県に近い、山が多い地域には特に多く見られます。


馬頭観音(佐久間町)、馬頭観音群(山梨県韮崎市)

見付天神裸祭の記録映像がホームページからご覧になれます!

見付天神裸祭の記録映像がホームページからご覧になれます!

コラム 瓜(うり) 大村至広

いろいろな瓜があります

残暑が厳しい。アイスやかき氷もおいしいが、この時期に自分が好きなのは瓜である。冷蔵庫でよく冷やしたものはおいしい。スーパーの地場産品のところに並んでいるとついつい手が伸びる。
子供のころからよく食べた。マクワウリやキンコウリ、プリンスメロンなど種類はいろいろあるが、単に瓜と呼んでいた。
今ほど甘くなく、冷やすことも難しかったであろうが、昔から食べられていたことは、古代の遺跡から種が出土することでよく分かる。
大学生だった時、住んでいた長久手のスーパーで細長い瓜を買って食べたが・・・。歯ごたえは良いが全く甘くない。瓜は瓜でも白瓜などの類であり、漬物などにして食べるべきものであった。味のとおり苦い失敗であった。

編集後記

文化財課夏企画展および歴史文書館企画展、福田町史展示会には、多くの方にお越しいただきました。また、たくさんの質問やアンケートへの回答をいただきました。ありがとうございました。

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