磐田のみどころ

磐田市役所 ホーム > 磐田のみどころ > 文化財 > 磐田文化財だより 第115号

磐田文化財だより 第115号

文化財探偵は見た 遺跡を知る 第3回
元島遺跡(もとじまいせき)

文化財探偵

市内の遺跡を知るシリーズの第3回目は・・・「福田にも遺跡があったんだ!」そんな驚きの声にお応えして、遠州灘に面する福田地区の遺跡“元島遺跡”を紹介していくことにしましょう。遠州灘から約2㎞に位置する元島遺跡は、太田川河川改修に伴い、平成6年~24年度にかけ3次にわたって静岡県教育委員会が発掘調査を行いました。発掘調査の結果、この地には弥生時代から人が住んでいたこと、また、中世~近世にかけて約500年間続いた集落があったことが分かりました。


中世の大集落があった

元島遺跡周辺の地形 ~今之浦想像復元図(平安~鎌倉期)~<考古学と中世史研究9 一遍聖絵を歩くより転載>

鎌倉~室町時代にかけて繁栄した元島遺跡は、15世紀の後半に最盛期を迎えます。出土品には、瀬戸・常滑などの近隣の生産地のものだけではなく、近畿圏の製品や青磁・白磁などの輸入陶磁器があり、物資の往来がかなり盛んであったことが分かります。


太田川への水路

集落内を縦横に結ぶ網目上の水路で囲まれた集落からは、木製碇(いかり)や船の部材が出土し、海運と強いつながりがある集落であったことが考えられます。
元島遺跡は、浅羽湊に運ばれた各地の物資を、旧今ノ浦川や太田川、原野谷川を通じて見付の国府や袋井、掛川など近隣の宿(しゅく)へ運ぶ、まさに当時の物流センターでした。このような機能の裏には、今川氏など有力者との結びつきをうかがうことができます。


地震の痕跡が残っていた

最も繁栄した15世紀後半の遺構は、大規模な自然災害によって削られていて、液状化の痕跡から1498年の明応地震による被害であることが分かります。この痕跡とは、液状化した砂礫の地層がその上の地層を切って吹き出したもので、場所によっては、幅約50cmほどの間隔で見られました。
また、15世紀の遺物は、集落の中心域より北および北東側に散在した状況で出土していることから、津波によるものと考えられます。この地震の実態を伝える史料「円通松堂禅師語録」によると、大波で海岸部の被害は大きく、旅の途中で泊まっていた商人や客、芸能を生業とする人々が集まっていた市(湊町)が、一朝にして津波に襲われ壊滅してしまったと記録されています。以後、集落の物流センターとしての機能は衰退しました。

元島集落の子孫は今・・・

大島の鰐口(県指定文化財)

鎌倉時代から続いた集落は、慶長9年(1604)以降に幕府の太田川河川改修により、現在の大島、東小島(小島)に移転しています。移転後、遺跡周辺は元の大島、小島集落があった跡地ということで、元島と呼ばれるようになりました。

鰐口(わにぐち)が語る歴史・・・
現在の大島公民館内の観音堂の鰐口(写真)には、南北朝時代の延文5年(1360)という年号と大嶋郷大福寺の銘が刻まれています。延文という年号は北朝方の年号であることから、この時代、この地区は北朝に属する国人領主の支配下にあったことが分かります。


弥生時代にすでに人が住んでいた

発掘調査が進むにしたがって、さらに下層の海抜マイナス20cm前後の砂堤上に、弥生時代の方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)が約40基発見され、周辺域に大きなムラがあったことが考えられます。
遺跡からは、集落で使用したと考えられる、かなりの量の土器が確認されています。この発見により、弥生時代中期のこの時代、すでに遠州灘の砂堤列上にまで安定した集落が営まれていたことが分かりました。

舟形粘土棺(長辺約250cm、短辺115cm)<写真:静岡県埋蔵文化財センター提供>

また、古墳時代の円墳4基が確認されています。中でも2号墳の主体部は、たいへんめずらしい舟形粘土棺(写真)で、全国でも初めて確認された貴重なものです。出土した歯牙を鑑定したところ、被葬者は子供であることが分かりました。
この古墳を築いた人たちは、船を利用した荷物の運送を行うなど、海や川と密接なつながりのある人たちであったことが想像されます。


平成の大修理 淡海国玉神社(おうみくにたまじんじゃ) パート2
パート1は106号に掲載しています

県指定文化財の淡海国玉神社では、現在、本殿(ほんでん)屋根の修復工事が行われており、社殿(しゃでん)の檜皮葺(ひわだぶき)が本格的に始まっています。檜皮葺、杮(こけら)葺、茅(かや)葺などの古くから伝わる植物性屋根は、日本を代表する立派な建物に長い間使われ続けてきました。それは、その造形の優美さ、やわらかさが日本人の心を深く捉えているからでしょうか。
日本古来の伝統的な屋根葺き手法である檜皮葺は、この技術をもつ専門の“葺師(ふきし)”により葺かれます。葺師は、実は県内にはいないため、文化財の多い近畿圏の職人が磐田市に来て作業します。職人の熟練の技と感覚での手作業で、11月までかかる、まさに平成の大修理です。

平成の大修理 淡海国玉神社

福田町史編さん事業
ふるさと福田 歴史講座 受講者募集

福田町史編さん事業により、多くの資料が集められています。新たに発見した歴史資料を中心に、福田の歴史を映像や現地探訪を通して学んでいただく講座です。

  • 第1回 『古代~中世』 10月25日(土) 10:00~12:00
    弥生時代~中世の遺跡「元島遺跡」の大発見ほか
  • 第2回 『近世~近現代』 11月1日(土) 10:00~12:00
    徳川藩士の塩田開発・織物と養鰻・海運の環洋社ほか
  • 第3回 『歴史探訪』 11月8日(土) 9:00~16:00
    市バス“しっぺい号”で訪れる福田の歴史

〔会場〕福田公民館 講義室
〔講師〕歴史文書館職員
〔定員〕先着26人
〔受講料〕500円(資料代・全3回分)3回目の昼食代別途1,500円
〔持ち物〕筆記用具
〔申込〕9月29日(月)~ 歴史文書館へ
電話 0538-66-9112
FAX 0538-66-9722
Eメール chiikishi@cy.tnc.ne.jp
〔締切〕10月17日(金)
〔問合せ〕歴史文書館へ

コラム ボロブドゥールのご来光 室内美香

遺跡内の回廊にたたずむ仏様、ボロブドゥール遺跡から見るご来光

この夏、インドネシアのジャワ島にある世界遺産ボロブドゥール遺跡を見学しました。8世紀末~9世紀初めに建設された仏教寺院、『世界三大仏教遺跡』の一つでもあり、以前から訪れてみたいと思っていた遺跡でした。日中の暑さを避け早朝から見学、巨大な遺跡の階段を何段も上がり頂上を目指す途中の回廊の壁には仏教説話が描かれ、物語を楽しみながら見学ができ、頂上では世界中の観光客が静かにご来光を待っていました。なんとも贅沢な時間を過ごせ大満足で見学を終えました。
今はインターネットのおかげで、世界中の情報が手に入る時代。どこか旅行に行こうと思ったら、まずネット検索なんて方が多いと思います。私も御多分にもれず、この旅の前はネットやガイドブックで随分勉強しました。しかし私がボロブドゥール遺跡で体感した雰囲気・音・匂い・贅沢な時間は、現地でしか得ることができないものでした。やっぱり行ってみなけりゃわからない!これがこの夏私が思ったことでした。


編集後記

10月は市内各地で神社祭典が行われます。
105号のコラム、幟棹(のぼりざお)のてっぺんを確認できる時期がやってきました。知っているようでよく知らないことがいっぱい。今年は何か発見できるかな。

ページの先頭へ

より良いウェブサイトにするためにみなさまのご意見をお聞かせください

このページの情報は役に立ちましたか?

このページの構成について、ご意見・ご要望などがありましたら下記に入力してください。
入力内容への個別の回答はできかねますのでご了承ください。

このアンケートフォームは、磐田市ホームページに関するご意見をお聞かせいただくものです。
市政に対するご意見、お問い合わせなどはこちらへお寄せください。ご意見・お問い合わせ