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磐田文化財だより 第122号

竜洋郷土資料館 リニューアル!

竜洋郷土資料館

竜洋郷土資料館では、市民の皆さまから寄贈していただいた民具を保存し、その一部を展示紹介しています。この度、大幅な展示替えを行い、皆さまに地域の生活の歴史を、よりわかりやすくご覧いただけるようにしました。
民具は、人々が日常生活の中で大切に使用してきた生活の道具です。先人たちが自然と共生しながら、生業や生活(衣食住)のために、工夫、改良しながら次世代へとつなげてきた道具は、生活の知恵と工夫を伝える貴重な文化財です。

竜洋郷土資料館


1階では、農業・林業・漁業・養蚕などの道具を展示しています。先人たちの知恵と工夫や道具の発達の歴史をご覧ください。
2階は、「生活用具」「飛行場」「掛塚湊」「郷土の祭り」「戦争」「天竜川」をテーマに、市が所蔵するさまざまな資料をご紹介しています。

1階・・・農業・林業・漁業・養蚕などの道具を展示

1階の展示の様子

2階は郷土ならではのテーマで展示

人々のくらし ―食事・勉強そして娯楽―

民具の多くは、身の周りにある木や藁(わら)など自然のものを使って作られていました。高度経済成長期以降、道具も急速に進歩し、プラスチックなどが登場し、カラフルな生活に変わってきました。

昭和のお茶の間の懐かしい民具をご紹介

電話番号簿、長火鉢、顕微鏡


飛行場と磐田 ―福長飛行場・明野飛行学校ほか―

磐田に飛行場があった?
【福長(ふくなが)飛行場】大正時代中頃、掛塚(蟹町)に作られた福長飛行機研究所の付属の民間飛行場です。関東大震災で交通通信が絶たれた際には、掛塚・所沢間を数往復し、政府公文書を空輸するなどしています。
【明野(あけの)飛行学校】全国各地から技術者と機材が集められ、明野陸軍飛行学校天竜分教所が設立されました。(昭和17年開校)

主翼の部品、建設工事に携わった人々の写真

掛塚湊のにぎわい ―廻船と鋸(のこぎり)鍛冶―

船箪笥(ふなだんす)、千石船の舵輪、木挽(こび)き鋸

掛塚湊は、江戸~明治時代にかけて、天竜川流域の木材を江戸や大坂に運び出す廻船の港として繁栄しました。天竜川の中・上流で行われていた木材の加工が河口で行われるようになり、はじめは近江(滋賀県)から大鋸を仕入れていましたが、需要が増えたため、近江から職人を呼び、当地で製造を始めたのが掛塚鋸のおこりといわれています。


その他にも「磐田の心意気―郷土のまつり―」「よみがえる遠州の小江戸―掛塚湊の歴史・暮らし―」「人々の苦難・戦争」「天竜川と磐田―渡河と治河―」のテーマで展示しています。

平成の大修復 淡海国玉(おうみくにたま)神社 パート3

市指定文化財の淡海国玉神社では、平成25年度から2年間にわたり、本殿(ほんでん)の全解体、修復工事が行われてきました。平成27年4月19日には竣工奉告祭が行われ、平成の大修復工事は終了しました。また、この日、午後7時から遷座祭(せんざさい)が執り行われ、御神体が仮殿から本殿に遷されました。淡海国玉神社の修復工事の様子については、文化財だより第106号と115号でご報告してきましたが、今回は、完成した本殿の様子をご紹介します。

美しい彫刻があちこちに

いちばん古い彫刻は獅子(しし)の飾り(文化財だより106号参照)で、切り取って後から付けられたもので、建立当時のものを大切に残してきたことも考えられます。その他にも、表裏両側から掘り込んだ彫刻など、美しい彫刻があります。

完成した本殿

美しい彫刻


御神座の中は・・・(ここでしかご覧になれません)

美しい彫刻

擬宝珠(ぎぼし)(文化財だより106号参照)に記された明暦3年(1657)や、修理の棟札に文久3年(1863)の年号がありますが、建築当時の図面や記録は存在していません。今回の大修復では、解体しながら改修された箇所や傷んでいる箇所の調査を行い、当時の材料を可能なかぎり使いながら、当時の姿になるよう修復を進めました。
御神座とその両側にある相殿はそれぞれ部屋が分かれていましたが、今回の調査で、元は1部屋であったことが分かりました。そのため、今回の修復では、壁を取り本来の状態に戻しています。


建立当時の様子は・・・

部材には、現在では入手が困難な年輪が細かい上質な木材を使っています。また、格子の戸には黒漆が見つかったことから、建物の内部に漆を塗った豪華絢爛(ごうかけんらん)な建物だった可能性も考えられます。

遷座祭

遷座祭

日が落ちた闇の中、厳かに遷座祭が執り行われました。御神体が仮殿から出御する瞬間、明かりは消され、提灯の灯り1本のみになりました。この瞬間に出会えたことは、まさに感動の一言でした。


「2015国分寺まつり IN 遠江」を開催します

国分寺は、奈良時代、聖武天皇の命令により、国が仏教の力で安定するように願い建てられた寺院です。遠江国分寺跡は、全国で3箇所しかない国の特別史跡のひとつです。ぜひこの地を踏みしめ、当時の姿に思いをはせてみませんか。

遠江国分寺跡出土の瓦などを説明(昨年の様子)

とき:6月13日(土)
9:00~16:30 ※荒天の場合は翌日に延期
ところ:遠江国分寺史跡公園
(市役所北側)

今年もやります! 国分寺跡展望ツアー

文化財課の職員のガイドで、市役所6階から国分寺跡を見学します。史跡の全景を一望できる、絶好の機会です!

★ツアー出発予定時刻
①10:15~ ②13:15~
★所要時間:約30分
★集合場所:文化財課ブース


その他のイベント

蹴鞠実演(京都・蹴鞠(けまり)保存会)/十二段舞楽(国指定重要無形民俗文化財:森町・小国神社と天宮神社/国司参拝風景の再現/地元幼稚園・保育園児による歌と楽器演奏/高校生によるブース出展 など

お問合せ先
文化財課事業について:TEL 0538-32-9699
国分寺まつりについて:TEL 090-9021-1327(実行員会・今井)

コラム 方言VS若者言葉 土井みのり

小学生の頃、近所のおばあちゃんたちが話す方言の中で印象的なのが、「あらすかいれ(あらっかいれ)=あるわけない」と「あらんじゃいれ=あるに決まってる」の反対なのにそっくりなふたつ。高校生になって福田から磐田へとほんのちょっとだけ社会が広がった時、磐田の友人は、このふたつの使い分けは難しいと言い・・・遠州弁とひとくちに言っても、地域で少しずつ違うんだということを知りました。今では、こてこて(?)の方言を聞くことは少なくなったけれど、意識して聞くと「くろ=隅」「じゅるい=ぬかるんでいる」「しょんばい=しょっぱい」などなど、まだまだ今の時代にも使い続けられているものがたくさんあります。方言で話しかけられると、ぐっと情景が浮かぶし、親近感がわきます。

しっぺい

ところで、娘たちが使うやたら縮めた若者言葉、みなさんは意味が分かり ますか?今では「斜めってる」に違和感を覚えません。「秒で=すぐに」は、まぁ分かるかな。「り=了解」はさっぱり分かりません。若者言葉は彼らの大切なコミュニケーションツール・・・これは方言の危機?
いえいえ、方言も捨てたものではありません。「あんた、がんこに服汚(よご)いたね~」「身体えらくてしょんないだで、いいかげんにしてや~」・・・。大丈夫!母の小言には方言満載!方言で怒られる方がしっくりくるかも。こうやって心も文化も、母から子へもしっかり受け継がれていくのかな。


編集後記

今年も小学6年生を対象とした訪問歴史教室が始まりました。磐田には遺跡がいっぱい。市内から出土した土器などに触れ、教科書にはないふるさと磐田の歴史を知っていただけたら嬉しいです。

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