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磐田文化財だより 第126号

旧見付学校校舎落成140周年記念&合併10周年記念
磐田の小学校~今むかし

【特別企画展】
旧見付学校1階西側展示室にて平成28年3月31日まで開催中!<パネル展示>

  • 開館時間:午前9時~午後4時30分まで
  • 休館日:月曜日、祝日の翌日、12/29~1/3
  • 問合せ:旧見付学校 磐田市見付2452 TEL 0538(32)4511

旧見付学校の歴史はさまざまなところで語られてきましたが、磐田市には合併当初23校の小学校があり、それぞれの伝統と校風を生かした教育が進められてきました。今回は市内の校舎を中心に、市内の学校のあゆみをたどってみました。

磐田の小学校~今むかし

明治5年(1872)に出された学制に基づき、当時の濱松県は現磐田市内に10の小学校区を設け、学校を造ることを奨励しました。市内の学校区は、いずれも明治6年(1873)に本校や分校を立ち上げています。町、農村部、漁業部のへだてなく学校が造られたのは、当時の人々の意識の高さを表しています。そして、それらの本校や分校の歴史が、合併当初(平成17年)の23の小学校につながっています。
現在市内の小学校の校舎はすべて鉄筋コンクリートになっていますが、航空写真などを見ると、運動場も整備され、機能的な美しさも感じられます。年配の方々が木造校舎に愛着を持っているように、現代の子どもたちが大人になったとき、今の校舎のすばらしさを語ってくれたらいいな・・・と思っています。


磐田の小学校~今むかし

シリーズ第1回 磐田市の近代化遺産 幻の光明電鉄を追え!

みなさんは、「光明電気鉄道」をご存知ですか?
昭和3年11月から昭和11年1月までのごくわずかな期間だけ運行していた、ファンの間では「幻の鉄道」とされる鉄道です。
今回、5回シリーズで特集し、市内に残る光明電鉄の痕跡を探ってみたいと思います。

光明電鉄とは?

光明電気鉄道車両

光明電鉄は、今の磐田駅付近(新中泉)から見付・岩田地区などを通り、豊岡地区を抜けて二俣町までの19駅間・19.79kmを約38分で走っていた路線です。
当時としては珍しい、電気鉄道でした。最終的には船明までの22.6kmまで延伸し、銅鉱石などを運ぶ大きな構想がありました。
しかし、昭和恐慌など国内の経済が混乱した悪い時期に当たり、また資金調達や収支も当初予定していたより順調ではなかったことなどから、昭和5年12月の二俣町開通記念式典から2年余後の8年1月には破産宣告を受けています。この宣告は取り消しになったものの、債権者との和議は不成立に終わり、会社は競売にかけられてしまいました。


今も残るナゾのマンホール

起工式祝賀パレード(大正15年)見付・淡海国玉神社、「光」の文字に見えます

磐田駅北口の横断歩道の脇にさりげなく設置されたマンホール。よく見ると、中央に見慣れないマークが入っています。
調べてみると、光明電鉄のマークだと思われます。パレードの提灯にも同じようなレール断面のマークでしょうか、その外を囲う枠には「光」の文字がデザインされているように見えます。断言できませんが、光明電鉄の遺産だとすれば夢がある話ですね。
(古写真は「磐田の記録写真集」「磐田の産業」から転載)


戦争の記憶をたずねるバスの旅 「参加者募集」
戦後70年、平和を引き継いでいくための新たな一歩

見付・中泉地区の空襲被災地など戦争の記憶を伝える場所をたずね、当時のお話を聞きます。子どもさんやお孫さんと一緒に、平和への思いを広げるバスの旅をしませんか?

子ども厄よけ地蔵
  • 日時・・・平成27年9月26日(土)13時~17時
    小雨実施(荒天延期・日は未定)
  • 集合・・・磐田北幼稚園駐車場(13時)
  • 定員・・・申込先着25名(無料)
  • 申込み・・・9月1日(火)~18日(金)の間に、電話で歴史文書館へ(TEL 0538-66-9112)
<訪問先>
①三本松(富士見町)空襲被災地→②見付子ども厄よけ地蔵→③磐田農高平和の願い慰霊碑→④石原町田中神社空襲被災地→⑤見付交流センター(意見交換会)
※①~③では体験者のお話があります。

コラム 初盆の儀式 昔ながらの風習 大箸清雄

市内の多くは、8月にお盆の供養が行われています。そのスタイルや取組み方法は地域により異なり様々な様相を見せています。今日では、悪い意味ではなく、いろいろな事情からその内容を簡略化したり、代用品で対応するなど、現代風に変化しているようです。
今回は、今でも旧豊岡村の一部で見られる、初盆に松明(たいまつ)を焚(た)く台や庭先に設置する施餓鬼(せがき)棚(精霊棚とも言う)や「なす」と「きゅうり」で作る牛と馬、あるいは、初盆を迎えるための仏壇など、昔ながらの手法で行われている様子をご紹介します。そこにはちゃんとした意味合いがあり、亡者(初盆を迎える故人)に対する礼節を重んじた儀式なのです。
例えば、馬と牛は、亡者を少しでも早く迎え入れるために馬で駆け知らせ、帰りは牛がお供物をいっぱい背負ってゆっくり帰ってほしいとの願いがあると言われています。また、仏壇へのお供え物は、亡者が食べられる物でなくてはならず、缶や瓶などに詰めたものや肉類や魚介類なども避けるべきと説いています。
親族のご供養のために行う儀式でありますから、礼節を重んじ、清い心で取組みたいものです。

松明を焚く台、初盆を迎えるための仏壇

編集後記

歴史文書館企画展「遠州報国隊と日本の近代」は9/5~13の間、会場を中央図書館に移して開催します。見逃した方はこの機会にぜひ!【文化財だより第125号の訂正をお願いいたします】1頁城之崎城と見付宿の文中に誤りがありました。「元禄12年」→「永禄12年」です。申し訳ありませんでした。

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