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磐田文化財だより 第131号

旧見付学校勉強会『旧見付学校のあれこれ』 Part1

明治5年(1872)の学制発布に伴い、見付学校は明治6年(1873)に宣光寺、省光寺などを仮校舎として開校しました。同時に、見付宿有志により、淡海国玉神社神官の大久保忠利が寄進した総社境内の敷地に校舎を新築することが計画され、明治8(1875)年に落成しました。その後就学児童が増加したことから、明治16年(1883)に3階部分を増築し、3階2層の5階建てとなりました。
今年度は「旧見付学校を知ろう」のタイトルで、5月・7月・9月の全3回で、参加者を募集し勉強会を行いました。今回は、5月と7月の中から、知っているようで知らなかった旧見付学校(国指定史跡)のあれこれをご紹介します!

5月の勉強会

旧見付学校のパンフレットの概要と現在開催中の特別展示『磐田の小学校~今むかし』について説明をした後、解体復元工事の報告書に載っている内容について話しました。

解体復元工事の報告書 内容

窓ガラスは、古い歪(ゆが)みガラスが今も10枚残っています。

昔ながらの和釘が使われました。

現在普通に使われている丸釘は、時間の経過により錆びたり腐食したりします。和釘は、火入れした鉄で作られていることから、錆びにくく、寿命が長いものです。

7月の勉強会

見付学校から見付尋常小学校までの沿革誌をもとに、学校の足跡をたどりました。

学校の足跡

シリーズ第5回 磐田市の近代化遺産 幻の光明(こうみょう)電鉄を追え!

【光明電気鉄道】昭和3年(1928)11月から昭和11年(1936)1月までのごくわずかな期間だけ運行していた、ファンの間では「幻の鉄道」とされる鉄道です。今回は5回シリーズの最終回です。沿線に残る鉄道の痕跡(こんせき)を探ってみたいと思います。

今も現役!2つのトンネル

旧光明電気鉄道神田鉄道(登録有形文化財)、旧光明電気鉄道伊折隧道

天竜浜名湖鉄道の上野部駅を過ぎて二俣方面にしばらく行くと、トンネルを2つくぐることになります。
このトンネルこそ、もともと光明電気鉄道のトンネル(隧道(ずいどう))として造られたもので、南側の神田隧道(昭和5年(1930)・長さ260m)は天竜浜名湖鉄道の中でも最も古い構造物として、他の古い駅舎やホーム、転車台などとともに登録有形文化財に登録されています。その北側には短い伊折隧道があります。


線路も当時の・・・

刻印をなぞってあります。実物には黒の縁取りはありません。、1929年の刻印があるレール

レールには1929年の刻印があり、また枕木も木製で、敷かれている石も河原石が見えるので、当時のものがそのまま使われているようです。
電車としてはなくなってしまった光明電鉄ですが、その一部が違う形で今も使われているのはうれしいことですね。

※掲載した写真は天竜浜名湖鉄道株式会社の許可を得て敷地内に立ち入り、撮影したものです。危険ですので、敷地内への立ち入りは絶対にしないでください。


福田町史 完結! 福田町史通史編
発刊記念シンポジウムを開催します

町史通史編の発刊記念として、執筆者によるシンポジウムを行います。各執筆者が担当部分での特色、苦労したこと、調査によって見えてきたことなどを、スライドを使って発表します。また、執筆者同士のパネルディスカッションも行います。

福田町史通史偏 発刊記念シンポジウム ~福田町史完結~

  • 日時:平成28年3月19日(土)
    14:00~16:00(開場 13:30)
  • 会場:福田中央交流センター ホール
  • 内容:第1部 新たな知見などの発表
    第2部 パネルディスカッション
  • 講師:山本義彦(福田町史編さん専門委員長)、本多隆成(福田町史編さん専門委員)、足立洋一郎(同)、森田香司(同)、北川捷康(同)、坂部哲之(福田町史編さん特別調査員)、加藤理文(同)
  • 定員:200人(先着)
  • その他:事前申し込み不要。当日、直接会場にお越しください。
    当日は、「福田町史 通史編(冊子・DVD)」を販売します。

問合せ・・・磐田市歴史文書館(磐田市岡729-1竜洋支所内)電話0538-66-9112 土日・祝日 休

コラム 村づきあい 鈴木亮司

私の住んでいる前野地区ではかつて、男子が中学2年生の年になると、二月の初午の日に青年団の人たちから呼ばれて、懇談するという風習がありました。その時のことを思い出すと、同級生たちみんなで緊張しながら青年団の人たちの前に座ったことは覚えていますが、どんなことを話したのか覚えていません。なぜそのような行事を行うのかは、当時分かりませんでしたし、いつの間にかそのような風習は無くなってしまいました。
今年度から文化財課に異動して、いろいろな資料を見る機会があり、その中の「磐田の民俗」に自分の地区の行事について、記載された箇所を見つけました。それによるとかぞえ15才になるとムラに居住している男子は、全員が青年団へ加入して、加入すればムラでは一人前とみなされ、道路普請などの共同作業にも家を代表して参加することが許されたということでした。その加入の式が、毎年2月の初午の日に行われていたのでした。その頃には、中学生の年齢の男子が参加することは無くなっていましたが、加入式の形が引き続き残っていたようです。
近年は、地域のつながりが薄くなっていると言われます。古い習慣や行事は、あまり残らず忘れられてしまっていると思われますが、古くから受け継がれたものは、できるだけ大切にして伝えていきたいと思っています。


編集後記

光明電鉄のシリーズは今回が最終回となります。また新たな情報がありましたら、お知らせください。
【訂正とお詫び】前号の光明電鉄の「橋の跡」が残る地名に誤りがありました。[上神増]→[神増]に訂正しお詫びします。

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