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磐田文化財だより 第135号

歴史文書館第17回企画展 光明(こうみょう)電鉄の消長

7月4日(月)から始まる歴史文書館の企画展は、昭和初期に中泉と二俣(浜松市天竜区)の間を走った「光明電気鉄道」を取り上げます。

光明電気鉄道沿線案内/昭和3年(1928)発行

本格的な電気鉄道

光明電鉄は、大正15年(1926)4月に中泉の府八幡宮で起工式が行われ、その後2年半の歳月をかけて中泉から田川(たがわ)(上野部)までの工事が完成して、昭和3年(1928)11月に開業した鉄道です。路線は、翌年12月に神田公園(現在は廃園、上野部字神田)まで伸び、更に5年(1930)12月には二俣までの路線が開通しました。しかし、当初計画していた光明(こうみょう)村船明(ふなぎら)(浜松市天竜区)までの敷設工事の完成を見ないまま、開業から7年後に会社は破たんしてしまいました。

しっぺい

【開催期間】
平成28年7月4日(月)~8月26日(金)
9:00~17:00(入館は16:30まで)
土・日・祝日は休館です
【会場】
磐田市歴史文書館(磐田市竜洋支所2階)
磐田市岡729-1 ☎(0538)66-9112


この光明電鉄は、レールの幅が1067ミリで、架線電圧が1500ボルトという、東海道線と同じ規格で作られた本格的な鉄道でした。当時は、各地に鉄道が敷かれましたが、その多くは軽便(けいべん)鉄道と呼ばれる線路幅の狭い簡略化されたものでした。光明電鉄は、市内を走る国鉄がSL(蒸気機関車)であった中、東京付近で走っていた電車と同じ時速60キロで走行し、新中泉・田川間約15キロを35分で結んでいました。


壮大な地域開発構想

岩田駅に停車中の光明鉄道電車

磐田市域は天竜川の流域にあって、たびたびの洪水被害をこうむりましたが、同時に豊かな水に多大な恩恵を受けてきました。その1つが水運を利用した木材など物資の運搬です。
近代に入ると鉄道による物資輸送が盛んとなり、それまで天竜川を船を使って運んだ物資も、鉄道を利用して輸送する動きが出てきました。光明電鉄は、乗客とともに船明から北遠の木材や久根(くね)鉱山(浜松市天竜区佐久間町)の鉱石などを中泉まで運ぶという計画のもと設立され、その電力は天竜川の水力から取り出し、発電に利用した水は下流域の灌漑(かんがい)用水として利用しようという壮大な開発構想でした。株式は多くの沿線住民が引き受けることになり、営利企業というよりも住民が中心となって行われた公共事業という側面がありました。


短命に終わった光明電鉄

額面2500円の株券。このほか50円、500円の2種類があった。

第1回営業報告書

壮大な開発構想の下に始められた光明電鉄でしたが、昭和の大恐慌とも重なり、資金調達が不調に陥(おちい)るなどして昭和年11年(1936)には電車を走らせることができなくなりました。開業当初に計画した250万円の資本金は150万円に減額され、さらに10回払いとしたことから、途中からは未納者も現れ、当初の計画通りの資金調達ができませんでした。そのため、県外の資本を導入していきますが、地元資本家との軋轢(あつれき)を生み、社内の対立を引き起こすことにもなりました。
光明電鉄の解散は、地元の人たちに大きなしこりを残すことにもなりました。しかし、そのことは住みよい地域を作ろうと大きな夢を描いた大正~昭和の先人たちの地域への思いがあってのことでした。そうした思いをこの企画展から感じとっていただけたら幸いです。


光明電鉄電車時刻表

いわたのこんなお話 見付編①

東海道の宿場として栄えた見付地区には見付天神裸祭が伝わっていますが、もう一つの祭が宿を挙げて行われていました。それが祗園祭です。今回は見付の祗園祭を紹介します。

祇園祭と舞車

天御子神社、御渡の様子(道中)

舞車の車輪

祇園祭は貞観(じょうがん)年中(859~877年)に都に疫病が流行したとき、災厄の除去を祈ったことが始まりと言われ、京都の八坂神社の例祭として知られています。八坂神社の祭神の牛頭天王(ごずてんのう)がお釈迦さまが説法を行った祇園精舎(ぎおんしょうじゃ)の守護神であることから、祭礼の名も祇園御霊会(ごりょうえ)・祇園祭となり、各地に伝わりました。袋井市山梨の山名神社や掛川市中の八坂神社でも祗園祭が行われています。
見付の祇園祭は、須佐之男神(すさのおのみこと)と櫛稲田姫命(くしなだひめのみこと)を祀る天御子(あまみこ)神社(中央町)の例祭で、旧暦の6月7日~14日に行われていましたが、今は7月15日直前の金~日曜日の3日間に行います。1日目に遠江総社である淡海(おうみ)国玉神社へ渡御(ときょ)した天御子神社の祭神が、2日目に総社社殿で天御子神社例祭を行い、3日目に見付の町を巡り天御子神社に還御(かんぎょ)します。
鎌倉時代の祇園祭は盛大に行われ、東西両方に分かれた2台の山車(舞車(まいぐるま))の上で舞の出来栄えを競い合った「舞車神事」が行われていました。社伝によれば正暦(しょうりゃく)2年(991)に、天下泰平五穀豊穣のため舞車神事が始まったと伝えています。謡曲(ようきょく)「舞車」は見付の祇園祭を題材に室町時代につくられたもので、離れ離れになった恋人同士が、見付の祇園祭に、東西の山車の上で、舞手として再会するというストーリーです。
この優雅な神事も江戸時代には廃れてしまいましたが、今も稚児(ちご)や神職・氏子を従え、淡海国玉神社への渡御、天御子神社への還御が行われます。今年の祇園祭は7月8日~10日に行われますが、御輿の行列に中世に栄えた祇園祭を思い描いてはどうでしょうか。


旧見付学校だより
企画展開催中 磐田の中等教育 ~市内の高等学校5校の足跡をたどる~

旧見付学校は磐田南高校の前身です旧見付学校は磐田南高校の前身です

しっぺい

中等教育は、現在では中学校と高等学校をさす言葉です。磐田市内の5つの高等学校の足跡を、校舎の変遷を中心にたどります。

  • 旧見付学校1階西側展示室にて平成29年3月31日まで開催
  • 開館時間 午前9時~午後4時30分
    (休館日:月曜日・祝日の翌日・12/29~1/3)
  • 入場無料

参加者募集! 昔の授業体験
(6月15日(水)より受付開始)

カスリの着物を着て、明治・大正期の授業(国語・工作)を体験してみませんか

  • 日時:①7月23日(土)②8月10日(水)いずれも9:00~11:30
  • 会場:旧見付学校
  • 対象:小学生(市内外・学年問わず)
  • 定員:①②各25名(先着順)
  • 参加費:500円
  • 申込:①参加者名(ふりがな)②性別③学校名④学年⑤保護者の住所・氏名・電話番号を明記し、FAXまたはハガキで旧見付学校まで

昔の授業体験

◆企画展・昔の授業体験申込・問合せ◆
磐田市旧見付学校(休館日:月曜日・祝日の翌日・12/29~1/3)
〒438-0086 磐田市見付2452 TEL&FAX 0538-32-4511


コラム 自動車の博物館 村松浩之

憧れのセリカLB

お隣の愛知県、長久手(ながくて)市にある「トヨタ博物館」は、前々から一度は行きたいと思っていた。
本施設は、緑に囲まれた約1万4千坪の敷地の中ほどに位置し、本館2階には、1950年代までのクラシックカーが約80台、3階には1950年代~1990年代までの国産車が年代別に約60台展示されている。収蔵展示車数が国内屈指であることに加え、実走行可能な状態に整備されている点がとても凄すぎる。
ここでは、青春時代に憧れたセリカLB(リフトバック)にも、再会をすることができた。カッコ良くて高性能、当然高価であったため、オーナーにこそなれなかったが、初マイカーであるカローラハードトップで、ドライブを楽しんだあの頃を想い出させてくれる車のひとつである。
話を元に戻すが、併設する新館2階には、日本の車社会化の変遷を、時代毎のシンボルカーと文化資料とを展示、表現しているゾーンがあり、1965~70年代「マイカーゾーン」では、懐かしさのあまり足が止まってしまった。
この博物館は、車好きな方には一押しの施設であるが、東部丘陵線「リニモ」等との組合せにより、お子様連れにも十分堪能することができるのではないかと思う。なお、バイク好きには本市にあるヤマハ発動機(株)コミュニケーションプラザをぜひおすすめしたい。


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