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磐田文化財だより 第143号

文化財課冬の企画展を開催します!
昭和の戦争と磐田

昭和の戦争と磐田

会場 豊田図書館展示室(磐田市上新屋304)地図

2017年2月4日(土)~2月19日(日)

  • 休館日:月曜日
  • 入場料:無料
  • 展示時間:9:30~17:30
  • 会場:豊田図書館展示室(磐田市上新屋304)
  • 問合せ先:磐田市教育委員会教育部文化財課
    TEL:0538-32-9699 FAX:0538-32-9764

終戦から70年を過ぎ、身近な人たちから戦争の体験を直接聞く機会も少なくなって来ました。
昭和初期「15年戦争」とも呼ばれる満州事変から日中戦争をへて太平洋戦争に続く長い戦争がおき、人々の暮らしに様々な影響を与えました。
今回、当時の写真や、市民の方から寄贈された品々を展示・紹介することで、昭和の戦争と磐田の関わり、当時の市民生活を振り返ってみたいと思います。

戦争の始まり

みどころ① 出征時の写真
慰問袋 戦地に送るために、学校や町内会、婦人会でつくられた袋。手紙や日用品が入れられました。 出征する兵士を見送る写真
慰問袋
戦地に送るために、学校や町内会、婦人会でつくられた袋。手紙や日用品が入れられました。
出征する兵士を見送る写真

昭和6年9月に満州事変が勃発し、「15年戦争」が始まりました。磐田からも徴兵により戦地へ赴く人が増え、人々の生活にも影響が出始めます。長期化した戦いは、国民に「兵士」としてだけでなく「銃後」として戦争に協力を求めるようになっていきました。
出征時の写真や絵葉書、慰問(いもん)袋、出征旗(しゅっせいき)など当時の品々を展示することで銃後の人々の生活を紹介します。

※戦場になっていない国内にいる人々を呼んだ言葉。戦争への全面的協力を求めるために使用されていました。


戦争と教育

みどころ② 軍事教育で使われた道具

国民学校教科書「ヨイコドモ」国民学校教科書「ヨイコドモ」、軍事教練で使用した訓練用手榴弾(しゅりゅうだん)軍事教練で使用した訓練用手榴弾(しゅりゅうだん)

戦争は、子供達の教育にも大きな影響を与えました。昭和初期には、明治23年に公布された「教育勅語」を基本的理念とした近代教育が実施されていましたが、戦争が始まるとともに軍事教育(軍事教練)へとかわっていきました。
当時の訓練中の写真や教科書、軍事教育で使用した品々から戦時中の教育を振り返ります。


緑十字機の不時着

みどころ③ 緑十字機の尾翼と増設タンク

緑十字機緑十字機、緑十字機の尾翼緑十字機の尾翼

緑十字機は降伏のための協議を行う代表団を運んだ飛行機で、機体を白く塗り、翼に緑の十字のマークをつけていました。
昭和20年8月20日の深夜、協議を終えた代表団を乗せた緑十字機は、トラブルのため、鮫島海岸に不時着しました。代表団は鮫島地区の人々の協力で、翌日には無事に東京に帰任することができました。遠州灘沖で発見された緑十字機の燃料タンク、鮫島海岸で発見された尾翼を展示します。


いわたのこんなお話 <東部編>

鎌田兵衛(ひょうえ)の供養塔

磐田市鎌田の畑の片隅に、3基の供養塔を収めた小さな祠(ほこら)があります。今回はこのうちの中央にある、江戸時代の文献に鎌田兵衛の供養塔と書かれた市内最古級の五輪塔について紹介します。

鎌田兵衛の供養塔

田兵衛は、鎌田兵衛政家または正清ともよばれている平安時代の武将です。
乳兄弟の間柄である源義朝(源頼朝の父)に仕え、義朝が平治の乱に敗れ、東国に逃れるときにも同行し、平治2年(1159)に主君とともに命を落としたと言われています。源義朝・鎌田兵衛主従については、『平治物語』や『吾妻鏡』、近松門左衛門が書いた浄瑠璃『鎌田兵衛名所盃』などに描かれその名を残しています。

※平安時代末期(平治元年)、対立が深まった平氏と源氏の間で起こった争い。


鎌田兵衛の供養塔 出典:西尾市岩瀬文庫所蔵『遠江古蹟図会』

養塔は、焼津市浜当目(はまとうめ)で産出する少し緑がかった「緑色凝灰岩(通称 当目石)」で作られています。江戸時代に書かれた『遠江古蹟図会(こせきずえ)』によると、鎌田兵衛の死後、兵衛の家臣が自身の出身地である遠江に建立したと記され、挿絵には現在とよく似た供養塔が「鎌田正清墓」として描かれています。
また、『遠江国風土記伝』には、供養塔には「鎌田兵衛」と彫られていると書かれていますが、現在では薄くなり文字を読むことが出来ません。
しかし、亡くなってから800年以上経った今でも、鎌田兵衛のものと伝わる供養塔は、地元の方々に守られ、お参りされています。


旧赤松家内蔵(うちぐら)ギャラリーをご利用ください

旧赤松内蔵ギャラリーイラスト

旧赤松家は、近代日本造船技術の先駆者である赤松則良が明治20年代に建築した赤レンガ造りの門(県指定文化財)が特徴の邸宅跡です。
敷地内に建つ内蔵とよばれる蔵の1階は、個人、団体を問わず気軽に利用いただけるギャラリーとして、皆様にご利用いただいています(無料)。絵画・写真・書・陶芸など、日ごろ創作された作品を発表してみませんか。


内蔵外観 内蔵ギャラリー内部
<内蔵外観> <内蔵ギャラリー内部>

★現在展示中の作品については磐田市ホームページの「旧赤松家だより」でご覧いただけます。

申込み・お問合せ
<旧赤松家記念館>
住所:磐田市見付3864-10
電話番号:0538-36-0340
時間:午前9時~午後4時30分
休館日:毎週月曜日・祝日の翌日


職員リレーコラム 我が家のサバイバル 鈴木恵

我が家の子ども達の間で大流行している「サバイバルシリーズ」という本があります。
そのなかで、弥生時代にタイムスリップしてしまった主人公たちが使っていた勾玉と弓矢に子ども達が興味を持ったので一緒に作ってみました。

我が家のサバイバル

勾玉は、まず埋蔵文化財センターで展示している本物を見て、作りたいもののイメージを膨らませました。ろう石に紐を通す穴を開けてから形を描いて、ひたすら紙やすりで削る、磨く。何とか満足する形になったので、紐を通して首飾りにしました。
弓矢は竹で作りました。まず、弓作りです。適当な長さに切った竹を3分割して、これまた紙やすりで、ささくれの無いようにこすりました。弦はタコ糸を張りました。次に矢です。なるべく細い竹を矢にしました。形はなんとかできましたが、なかなかうまく飛びません。 道具を作るのにも、獲物を捕るにも、昔の人は大変だったねとみんなで話をしました。

※石筆、印材に使用される加工しやすい石


編集後記

埋蔵文化財センターでは、コラムにも登場した勾玉のほか、埴輪や土器、鏡などを展示しています。ぜひ、見学にいらしてください!(平日のみ開館 8:30~17:00)

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