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磐田文化財だより 第144号

遠江国分寺跡(とおとうみこくぶんじあと)の整備がスタートします!

しっぺい

磐田市見付・中泉にある国指定の特別史跡(とくべつしせき)・遠江国分寺跡の再整備の基本計画がこのほどまとまりました。今後、測量や設計を含め5年程度をかけて、新しく生まれ変わります。


遠江国分寺跡再整備後のイメージ(南から)

再整備後のイメージ(南から)(樹木等は一部を省略しています)

磐田市役所の北側にある遠江国分寺跡は、奈良時代、聖武(しょうむ)天皇の命により全国60あまりの国々に建てられた官営(かんえい)寺院の跡のひとつです。昭和26年(1951)に、国分寺跡では全国初の発掘調査が行われ、翌年、特別史跡に指定されました。

南上空から見た遠江国分寺跡南上空から見た遠江国分寺跡

昭和42~45年度に、磐田市制20周年を記念して、国分寺跡の中で全国でさきがけとなる史跡公園としての整備が行われました。その整備から約50年が経過し、施設に傷みがあることなどから再整備を行うことになりました。
再整備に必要な資料を得るために、平成18~26年度に史跡指定地内の発掘調査を行いました。その成果を元に、どのように整備するか、磐田市遠江国分寺跡整備委員会を中心に検討を行ってきました。そこでまとめられた整備基本計画の概要を紹介します。


「遠江国分寺だけ」を活かした整備をします!

<その1> 木装基壇(もくそうきだん)を再現!

金堂跡の整備後のイメージ(南東から)金堂跡の整備後のイメージ(南東から)

発掘調査で、「遠江国分寺跡だけ」というものが見つかっています。まず、「木装基壇」です。古代のお寺の建物の基壇(土台(どだい)部分)は土を叩きしめながら地面より高く積みます。この土が崩(くず)れないように、通常は石や瓦・せん(レンガ状の焼き物)で周囲を囲みますが、遠江国分寺ではヒノキを主体とした木の板を使い、丸い柱で固定していました。


塔跡の整備後のイメージ(南東から)塔跡の整備後のイメージ(南東から)

新しく見つかった僧房(僧の寄宿舎)のほか、本尊を置いた金堂や、僧がお経を学んだ講堂、金堂と中門をつなぐ回廊(渡り廊下)の基壇を「木装基壇」で整備します。また、金堂と講堂は仏像が置かれていた推定場所を表示します。塔跡は、基壇だけでなく残っていない礎石も配置し整備します。一方、中門と南大門は基壇の大きさが明確でないため、土盛りで表示します。


<その2> 高さ約3m! 木製柱の灯(とう)ろうを復元!

復元した灯ろうのイメージ復元した灯ろうのイメージ

「遠江国分寺だけ」、2つめは木製柱の灯ろうです。灯ろうは一般的には石製が多いのですが、コウヤマキを用いた直径50cmの木の柱を使っていたことが発掘調査でわかりました。奈良県や韓国の古代寺院の例を参考に、右図のような高さ約3mの灯ろうを復元します。


より国分寺を楽しんでもらうために・・・

国分寺の主要建物の整備のだけでなく、四阿(あずまや)(休憩所)やトイレ兼展示スペースを設けるほか、見学路や車イス用のスロープ等を整備します。また、木の根による遺跡の破壊を防ぐために、樹木を整理します。

整備のための発掘調査を行う予定です

しっぺい

整備工事に際しては、地下にある遺跡に影響がないようにしなければいけません。施設等を設置する場所に建物の痕跡などがないか、また、整備する基壇を設計する資料を得るために、小規模な発掘調査を今後行う予定です。

~天然記念物を守る 熊野(ゆや)の長フジ~シリーズ第3回(全3回)

平成29年2月2日撮影平成29年2月2日撮影

冬のフジは、落葉し、枝の間から覗く空がとても青く見えています。シリーズ最終回は、フジの樹勢を衰えさせてしまう「フジこぶ病」対策と管理作業について紹介していきます。


フジこぶ病とその対策

病気の原因となる病原菌は、細菌の一種で、フジ、ヤマフジの枝や幹などに発生します。梅雨頃から薄い緑色の豆つぶ大のこぶができて、しだいに表面がざらざらなこぶになります。年々大きくなり、やがて表面が腐って、形が崩れ、剥がれてしまうので、枝に空洞ができ、枝枯れをおこして樹勢が衰えていきます。病原菌は、枝などの傷から感染するため、枝や幹を傷つけてしまうカミキリムシなどの昆虫や、剪定などによる切った枝の傷口からの感染などが原因となります。※カミキリムシ対策については文化財だより第137号で紹介しました

左写真:フジこぶ病により出来たこぶと、感染している部分を取り除く様子、右写真:傷口を薬剤でふさいだ状態

熊野の長フジでは、毎年2月頃に感染してしまった部分の治療を行っています。方法は、細菌による病気の被害なので、病気になった部分を取り除き、抗生物質剤と銅剤を使って傷口をふさぎ、治していきます。


管理作業

美化活動の様子美化活動の様子
昨年の長フジの様子(平成28年4月22日撮影)昨年の長フジの様子(平成28年4月22日撮影)

長フジの管理作業は、1月に春に花を咲かせるための肥料を与えています。2月には、茎や枝、つるを支柱に結び付けて固定し形を整える作業や、充分に日が当たるように込み入った枝を切る剪定作業を行っています。
また、地元の熊野長フジ草取りボランティアの皆さんが、環境美化活動として、毎月1回フジ棚の下や周辺の草取りを行っています。
シリーズ第1回で紹介した土中の消毒・つぼみの見回り、第2回で紹介したお礼施肥や、9月に行うフジ棚側面の剪定など、1年を通して地元の皆さんと協力しながら、天然記念物 熊野の長フジを守る作業をしています。
毎年4月下旬になると見事な長フジが咲き始め、美しい花姿を見せてくれ、辺りは花の香りに包まれます。


文書館だより 「遠州忩劇(そうげき)を伝える氏真(うじざね)文書

磐田市教育委員会所蔵「成瀬家文書」

この書状は、永禄8年(1565)10月に、今川氏真(今川義元の子)が、見付の米屋弥九郎(こめややくろう)の働きを褒め、酒役(酒屋に課した税)を免除したもので、文頭に氏真の朱印が押されています。文中には「去々年以来、遠州忩劇之処」と書かれ、桶狭間の戦いで今川義元が敗北した後、家臣の造反が相次ぎ、今川氏の領地であった遠州の情勢も予断を許さぬ状況であったことが窺(うかが)えます。
今川家臣であった井伊谷(いいのや)の井伊直親も、三河(現在の愛知県東部)の松平元康(のちの徳川家康)に連携を求めていきましたが、永禄5年(1562)に謀反の疑いにより氏真に討取られています。
この史料は、浜松市博物館で開催中のテーマ展「井伊直虎と湖北の戦国時代 ~遠州忩劇と直虎の活躍~」に4月9日(日)(※)まで貸出、展示をしています。
忩劇:あわただしいこと(※)月曜(休日の場合は開館)・祝日の翌日休館

職員リレーコラム 昭和生まれの電気機関車 髙梨恭孝

40年ほど前に撮影したEF66(浜松機関区にて)

現在、静岡県内の東海道線で走る姿を見ることができる電気機関車は、EF64、EF65、EF66、EF200及びEF210である。平成生まれで直流型電気機関車の主流であるEF210以外は、毎年廃車が進んでいる。
このうち、EF66・0番台(通称「ゼロロク」)は、昭和40年代に試作機を含め56台製造されたが、今でも現役で活躍しているのは数台である。
「ゼロロク」は、貨物だけでなく特急の牽引(けんいん)も行った。2009年3月14日、最後のブルートレイン「上り はやぶさ・富士」を牽引したEF66・42号機は、雨の中、多くの人に見守られ、ラストランを飾った。
「ゼロロク」の姿は、現在の画一化された機関車とは異なり個性的である。“力があるぞ”と言わんばかりの走行音にファンも多い。
50年間近く走り続けてきた「ゼロロク」。近いうちにその雄姿が見られなくなるかもしれない。しっかりカメラに記録しておきたい。


編集後記

寒さもゆるみ、一雨ごとに春の気配がたかまってきました。毎年楽しみにしていた長フジ。シリーズを通じてますます興味が増しました。今年の長フジが今から楽しみです。

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